たぶんね、50年前の6月1日はこんなに暑くなかったと思いますわ。
台風6号接近の前、今日も中々に暑い日でした。
松の地元も30℃以上の真夏日でしたね。
今日も今日とて、相変わらず干物になりながら仕事してました。
痩せる想い・・・
でも、夕方には
で補充していたんでは痩せんな

バイ・ザ・ウエイ・・・
今回の「50th」は、太田裕美さんの「赤いハイヒール」です。
1976(昭和51)年6月1日のリリース。
太田裕美さんというと「木綿のハンカチーフ」があまりにも有名ですが、この曲もヒットしたんですよね
田舎の娘が都会に出て行って、何かと大変な生活を送る・・・みたいな歌詞でした。
松はこの年は中三の時。
ド田舎育ちの人間には都会ってそんなもんなのかや・・・と思ったものでした。
松達の親世代は中学卒業と同時に就職する方がほとんどでした。
俗に言う「金の卵」やら「集団就職」と言われた時代です。
松達が中学卒業する頃は、まあ高校に進学するのが普通になっていましたが、結構就職した方々もいましたね。
そんな若者の心情を歌った曲として、結構印象に残った曲でした。
夢や希望があった時代だったかもですね。
台風6号接近の前、今日も中々に暑い日でした。
松の地元も30℃以上の真夏日でしたね。
今日も今日とて、相変わらず干物になりながら仕事してました。
痩せる想い・・・
でも、夕方には

バイ・ザ・ウエイ・・・
今回の「50th」は、太田裕美さんの「赤いハイヒール」です。
1976(昭和51)年6月1日のリリース。
太田裕美さんというと「木綿のハンカチーフ」があまりにも有名ですが、この曲もヒットしたんですよね
田舎の娘が都会に出て行って、何かと大変な生活を送る・・・みたいな歌詞でした。
松はこの年は中三の時。
ド田舎育ちの人間には都会ってそんなもんなのかや・・・と思ったものでした。
松達の親世代は中学卒業と同時に就職する方がほとんどでした。
俗に言う「金の卵」やら「集団就職」と言われた時代です。
松達が中学卒業する頃は、まあ高校に進学するのが普通になっていましたが、結構就職した方々もいましたね。
そんな若者の心情を歌った曲として、結構印象に残った曲でした。
夢や希望があった時代だったかもですね。