陰翳
何故ああも暗いことに魅力を感じるのか
新ゴリャートキン氏はうまくやった
旧ゴリャートキン氏はつぶれてしまった
暗闇の中に
しかしながらあれは西洋的なものだ
影は漆黒いや暗黒のように感ぜられる
やみくろは霊的なもので気配のみ存在する
そこには存在としての透明性が欠落する
そして雰囲気が、伝説がその存在を示す
妹島いやSANNAはあれは結局西洋うけの
いい建築なだけだ
あんな真っ白けっけでは我々存在できない
西洋は透明を求める
我々は陰翳を求める
そして日本の建築はいつのまにかあんなもの
になってしまっていいのだろうか?
いくらテクノロジーを駆逐したとしても魂を売って
まで行うものなのか・・・・・・
日本家屋に住むものならあの昼間の室内の陰翳
にもっとありがたくおもうべきではないのだろうか?
そしてそれを次の世代に残してゆく義務が自然と
我々にはあるのではなかろうか
わたしはそう思う
何故か
わたしは日本人だから
深層から陰翳を欲するのだ
絶する程の闇が存在しようとも