昔の日本人が蠱毒と言って忌み嫌った受験を辞め
寺子屋と乳母制度、学習から教育に戻しましょう。
古代の日本において専門家とは部門で分かれて、
政治が好きな子は政治に聡い乳母に育てられた。
例えば、乳母は子らに政治について質問する。
子らは質問された件について調べ
子らが乳母に政治を教えを説き
乳母の質問に答えながら、自らも学びを深めた。
乳母は「政治を学ばせる」のではなく、
「乳母に政治を教えさせる」事で、
子らの「政治の才」を伸ばしていました。
乳母は子らの話を聴き教えてもらいながら、
誤りや欠陥を(安易)指摘せず、
さり気なく誘導して完成度を上げていました。
寺子屋の方針は「学ばせる」学習ではなく
子らに「教えさせて育てる」教育でした。
宗教は人生を救う。
視力の治療中なので返事はごめんなさい。