ポルターガイストという言葉について、徹底的に調べてみた | おかるとぶろぐ

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"Fain would we remain barbarians, if our claim to civilization were to be based on the gruesome glory of war."
Kakuzo Okakura

以前のブログ でも紹介した、ガブリエレ・ルカーチ著の「Unheimliches Wien」(「不気味なるウィーン」)という本を現在読んでいる最中だが、ウィーンの「心霊スポット」の項目のうちには、「シューベルトの生家」が数えられている。主に歌曲の作曲家として世界に名高いフランツ・シューベルトは、1797年1月31日、現在のウィーン9区、ヌスドルファー通り54番地の家に生を受けた。現在も残る生家はシューベルト博物館となっており、ウィーン9区の目抜き通りで路面電車も走っている道路沿いにある、割とこじんまりとして周りの家々とあまり変わらないような外観である。何年も前ウィーンに来たばかりの当時、一度だけシューベルト博物館を見に来たことがあったのは覚えているが、中がどうなっていたかはあまりにも昔のことでとんと思い出せない。本に掲載されている写真を見てみると、入口を入ってみると真ん中を貫く中庭を挟んで両側に住居が並んでいる。あたかも京都の町屋のように奥深く入って行けるようになっており、正面から見るよりも中はずっと広いようだ。

シューベルトが、腸チフスによりわずか31歳で亡くなったのは、1829年11月19日のことだった。シューベルトの生家では、毎年の命日に、なにやらトントンと物音がしたり、ささやき声が聞こえるといった、いわゆるポルターガイスト現象が発生するという。この現象が、ウィーン4区にあるシューベルトが亡くなった家ではなく、なぜか生家の方で起こるというのは何とも不可思議な感じがする。ともかく、この場所で起こる現象というのはそれだけで、シューベルトが姿を現すとか、誰も弾いてないはずのピアノの音がする、といったのではないらしいので、「それだけか」といった印象だった。それでも、11月19日はあと数週間後なので、ぜひその日にシューベルトの生家を訪れるつもりでいる。今年の11月19日は火曜日なので、月曜の閉館日にも引っかからずにすむ。

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そこで「ポルターガイスト」だが、これはいわゆる超心理学の世界での専門用語となっている。このドイツ語起源の言葉が、日本は言うに及ばず、英・仏・スペイン・イタリア語などの西欧語以外に、東欧や北欧や世界のその他でも使われている。ドイツ語のアルファベットでの綴りは「Poltergeist」で、綴りも原語そのままで取り入れられている場合が多いが、ロシアなどの国々で使われるキリル文字や、日本のカタカナのように、その国の言語の綴りに適合させたものもある。中国では「騒靈現象」と、我々日本人にも分かりそうな訳語の呼称が使われているようだ。

ドイツ語起源の言葉で国際的に定着しているものはかなり稀なのだが、一体よりによってどうしてこの言葉が世界中に広まったのか、数年来の謎であった。他でいろいろ調べても、この言葉がドイツ語でどんな意味なのかの説明はあっても、一体どういう経緯でドイツ語から世界に広まったかは一切知ることはできなかった。というわけで、日曜にさらに詳しく半日がかりで調べてみたら、どうやらその背景らしきものをやっとのことで突き止めた。


ポルターガイストの語源

まず最初に、「Poltergeist」とは、「騒ぐ。ごろごろ(がたがた)と音を立てる」(注)を意味する動詞「poltern」と、キリスト教的意味合いで「霊、精霊。天使、守護神。魔物」を意味する名詞「Geist」が組み合わさった言葉だ。「Poltergeist」は単数形で、複数形では「Poltergeister」(カタカナ読みでは「ポルターガイスター」)と、複数語尾の「-er」を添えるのだが、この辺は無論外国語では取り入れられず、英語では「poltergeists」などと、英語の規則通り単純に「-s」を付けている。

ちなみに、ドイツの隣のオランダでは、ドイツ語起源で国際的に使用される「Poltergeist」も使われるが、どちらかというとオランダ語の「Klopgeest」が一般的のようだ。とはいっても、「klop-」は「poltern」とほぼ同義で、ドイツ語にも主にドアなどを「とんとんとたたく。ノックする」を意味する「klopfen」という同起源の言葉があるし、「geest」はドイツ語の「Geist」に当たる言葉だから、ほぼ同じ意味だろう。

ドイツ語の「Geist(ガイスト)」という言葉は、英語でいう「ghost(ゴースト)」に当たる言葉であるが、ドイツ語においては上記のキリスト教的意味以外に、「精神、心。知力、頭。才気」をも意味する(こちらの意味合いの英語は「Spirit(スピリット)」)。日本語でいう「霊」とか「心霊」を表す言葉は、ドイツ語ではガイストだけではない。ガイストは幽霊だけでなく、水の精オンディーヌや風の精シルフィードのような精霊も「ガイスト」である。「Gespenst(ゲシュペンスト)」は、どちらかというと妖怪じみた意味合いで、「幽霊、妖怪。幻影、まぼろし」を表す言葉だ。深夜、西洋の古めかしい城館に現れる白い影・・・のようなものにはこの言葉を使うことが多い。「魂、霊魂」を表すのは「Seele」で、これは英語でいう「Soul」に当たる言葉だというと分かりやすいだろう。「Seele」はカタカナで書くと「セーレ」で、なんとなく「精霊」に似ているが、そちらは上述のように「Geist」だ。いわゆる「妖精」、英語でいう「fairy(フェアリー)」は、ドイツ語では「Fee(フェー)」という。


「ポルターガイスト」という言葉の起源

レアンダー・ペッツォルト著の「悪魔と精霊の小辞典」(「Kleines Lexikon der Dämonen und Elementargeister」)によれば、ポルターガイストという言葉は、1567年のマルティン・ルターの著作中に確認できるという。("von dem rumpelgeistern oder poltergeistern")。この一節の出典は「小辞典」には書かれていないし、ヴィルヘルム・グリム編纂のグリム・ドイツ語辞典を見てもはっきりわからなかったのだが、1567年前後に出版されたものといえば、マルティン・ルターの「卓上語録」がある。これはマルティン・ルターが、夕食の食卓その他で家族(ルターは妻子持ちだった)・弟子・友人などの同席者の前で行った語りが記録され、ルターの死後に出版されたもので、ポルターガイストという言葉が初出したのは、この辺の書籍ではないだろうかと考えられる。

この「卓上語録」中には「ポルターガイストについて」という項目があり、ある司祭及びマルティン・ルター自身がポルター・ガイスト体験をした模様その他が語られている。そのうち、マルティン・ルター自身の体験は、1521年、ルターがラテン語聖書をドイツ語に翻訳する作業を行うために籠っていた、アイゼナハ近郊のヴァルトブルク城にての出来事だった。ある夜ルターが寝床に入ると、きちんと箱にしまっておいたはずのヘイゼルナッツがピョンピョン飛びあがり、梁に当たってつぶれ、ルターの寝ているベッドに落ちてきたが、その時は特に何も考えず再び眠ろうとした。すると寝入りばなに、今度はまるで階段から大きな樽でも転がり落ちてくるかのようなすごい物音が聞こえてきた。階段は鎖で締め切られていて、誰も出入りできないようになっていることがルターの脳裏に思い出されたが、それでもその物音は一向に止まない。そこでルターはベッドから起きあがり、階段まで様子を見に行ったが、階段は締め切られたままだった。ルターはここで、自らをイエス・キリストの加護に委ねることとし、さらに再び寝床へ戻ったという(注)。


「ポルターガイスト」という表現が普及した過程

「悪魔と精霊の小辞典」によると、「ポルターガイスト」というドイツ語の言葉は1848年に英語の語彙に取り込まれたというが、どのようにしてなのかなどの詳細は書かれていない。が、それよりずっと前の1569年にはすでに、ルートヴィッヒ・レファーターの著作「幽霊・怪物その他の不可思議な物体」が、英語に翻訳されているという。

「ポルターガイスト」という言葉が世界に広がった背景には、文学および芸術史におけるいわゆるロマン主義運動が盛んだった18世紀の終わりのドイツで、歴史的に重要なロマン主義的文学者が輩出されていることが背景の一つであると推測される。ドイツロマン主義文学といえば「シュトゥルム・ウント・ドラング」(「疾風怒濤」)運動で名高いが、その一方で「ダーク・ロマンティック」といわれるジャンルも登場した。特に英国の大衆の間では、中世の古城や廃墟等を舞台に、幽霊・怪物・幻想・超自然現象といったものをテーマとした、いわゆるゴシック小説が盛んに読まれていた。「ドラキュラ」や「フランケンシュタイン」や「ジキル博士とハイド氏」といった怪奇小説や、幽霊の登場するブロンテ作「嵐が丘」、エドガー・アラン・ポーの恐怖小説群などが、この時代の作品である。

ドイツもその例外ではなく、そのようなダークなロマン主義的文学作品の代表としては、前述のグリム・ドイツ語辞典を著したグリム兄弟による、「グリム童話」中のメルヘンや、E.T.A.ホフマンの作品群がある。グリム童話でも、「暗い森」や「魔術」や「悪魔」など、ロマン主義的文学の典型的モティーフがたくさんちりばめられているし、ホフマンの小説には、「Doppelänger(ドッペルゲンガー)」が登場するものがある。「ドッペルゲンガー」も、英語などの外国語でそのまま借用されている数少ないドイツ語の言葉の一つであるが、これもドイツ・ロマンティックと一緒に英語圏へ輸入されたと考えられる。また、ウェーバーのオペラ「魔弾の射手」に代表されるように音楽の世界にも影響を与え、伝説・悪魔・妖精など浪漫的主題を用いた作品が多く作曲された。

グリム・ドイツ語辞典には、ダークではないロマン主義で、「シュトゥルム・ウント・ドラング」文学の代表作と言われる、シラーの劇作「群盗」の一節は、「ポルターガイスト」という言葉の使用例として載っている(「お前はこの荒野に住む、悪魔のようなポルターガイストか。」)。だが、この版は改訂されてしまっており、現在劇場上演時に使われている脚本にはこの台詞は含まれていないようだ。また、もう一つの使用例として、ロマン主義の時代に活躍した作家で詩人のハイネの1834年頃の作品である、「ドイツの宗教と哲学の歴史」という書籍の中には、「ポルターガイストや、コボルト(訳注 小人の姿をした妖精の一種)や小人よりも気味の悪いものはない」という一節もある。

マルティン・ルターにしてもドイツのロマン主義文学者にしても、ドイツ以外にも世界に名が知られており、その著書はドイツ語から各国の言葉に翻訳されているはずだ。実際、ハイネの「ドイツの宗教と哲学の歴史」の1882年の英訳本でも、「ポルターガイスト」という言葉の英訳「hobgoblins」の横にカッコ書きで「Poltergeister」と付け加えられているほどだ。この言葉が英語の語彙に取り込まれたのが1848年と前述したが、それを考え合わせると、ロマン主義時代、当時のドイツ文学作品が翻訳される段階において、ある意味特殊な意味合いを持つドイツ語起源の言葉として各国語にそのまま受け入れられたものと考えられる。日本でもドイツ語文学作品のドイツ語からの直接の翻訳は盛んだったはずだが、この言葉が英語圏からの再輸入の可能性もある。


ポルターガイストとは何か再考してみる

「悪魔と精霊の小辞典」の中の記述によれば、ポルターガイスト現象とは、あるはずのない物音がしたり、生命のないはずの物体がひとりでに飛び回ったり、落ちたり、突如として消えてしまったりすることとされている。物体の大きさに関わらず、大きめの家具なども動き回ったりする。物音だけではなく、見えない何者かの手で引き起こされると思われる(物理的)現象は、すべてポルターガイストと定義できるようだ。勝手に電気が消える、機械のスイッチが入る、カメラなどが壊れる、部屋などがなんだか寒い、見えないなにかが体を触ったり、耳元で囁かれているように感じる、というのもポルターガイスト現象のうちに数えられているようである。どうやらポルターガイストは、基本的に家の中で起こるとされているようで、いわゆるラップ音ももちろんポルターガイストといえる。が、例えば妖怪小豆洗いが、川ばたでたてる小豆の音などはポルターガイスト現象と言えないようだ。またこれらの現象は、思春期の年齢の若者の周りで起こることが多いとされている。ポルターガイスト現象は、16世紀ごろの西洋には既に記録があるが、古来から悪魔や、その土地ごとの伝説に登場する妖精などのいたずらと見なされてきた。

日本人が連想する心霊現象とかなり違うように思えるが、しかし考えてみると、今までいろいろな怪談ラジオ番組などで聞いてきた怪談の中に、ポルターガイスト現象に相当するものはだいぶあることに気付いた。例えば、某宝屋さんのお話では、お父さんの亡骸に死に化粧をしたリップグロスが突然消えてしまい、一年くらいして突如として見つかった。また、某「怪談ぁみ語」でグラビアアイドルさんが語ったことには、寝ているときにベッドの脇にある棚の上に座っている子供が見えたので、次の日に別の部屋で寝ていたら、その棚が突然自分の寝ているベッドの上に倒れて来た。また、部屋の中で寒気がするとか、いわゆる電気機器の故障というのは、日本の怪談にもつきものとなっている。

西洋では、幽霊らしきもの姿を見てしまうような怪談はあまり聞かないが、ドアが突然開いたり、地下室から物音が聞こえたりするので、確かめに行くと誰もいない、というような話が圧倒的に多い。だが、日本でも、霊の姿を見てしまう前に、その前触れとして起こっているようなものはいくらでもあるし、ポルターガイストを含めた心霊現象は大体思春期の若者や子供の時の経験として語られているのも興味深い。しかし、何か異様な姿を「幽霊」として、視覚的に見てしまうという経験が、なぜ日本ばかりに多く見られるのか、またまた謎が浮かんできた。睡眠に入ったばかりで意識ががはっきりしていない状態だと、夢を現実と取り違えるのだという説明があるが、東洋人でも西洋人でも脳の機能が同じはずなのに、これらはなぜ西洋ではあまり報告されないのか。第一、幽霊らしきものを完全に頭が覚醒しているときに見てしまう話もたくさんあるので、これでは説明にならない・・・。

・・・話が少し飛んだ。しかし、「ポルターガイスト」を調べていたら、宗教史だの芸術史だの文学史だのと、全く難しいところに話しが飛んで行ってしまったので、書いている方もびっくりしたもんだ。

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参考文献 (ドイツ語)
Gabriele Lukacs 著 「Unheimliches Wien: Gruselige Orte, Schaurige Gestalten, Okkulte Experimente」 29-31ページ

Petzoldt, Leander 著 「Kleines Lexikon der Dämonen und Elementargeister」 142-143ページ


Wiki 
日本語「ポルターガイスト現象 」、「ゴシック小説 」、
ドイツ語「Martin Luther 」、「Poltergeist 」、「Romantik 」、「Schauderliteratur 」、「Schwarze Romantik 」、「Wartburg

新コンサイス独和・和独辞典 第三版 電子辞書 三省堂

参照 
Wörterbuchnetz: Deutsches Wörterbuch von Jacob Grimm und Wilhelm Grimm 「Poltergeist 」(2013.10.27)

Google Books:
Martin Luther/Johannes Goldschmid, Georg Walther (1576), "Colloquia oder Tischreden Martini Lutheri " (マルティン・ルター「卓上語録」、ドイツ語原文 255ページ。日本語訳あり) (2013.10.27)
Friedrich Schiller (1802), Die Räuber : ein Trauerspiel von Friedrich Schiller, neue, für die Manheimer Bühne verbesserte Originalauflage. Manheim: C.F. Schwan und G.C. Götz, (フリードリッヒ・シラー作「群盗」、122ページ.)

"Tischreden Martin Luthers ": eak-Journal | Evangelischer Arbeitskreis der CDU Charlottenburg-Wilmersdorf (2013.10.27)
 Karl Dienst, "Martin Luter im Spiegel seiner Tischreden ", Beitrag aus der "Zeitschrift für Kreuzpfadfinder" (2013.10.27)

Full text of "Religion and Philosophy in Germany Fragment " (日本語訳あり)

(注) 本文中のルターのポルターガイスト体験は、ドイツ語から翻訳しましたが、約500年前の文章で現在と言葉の使い方や文法が違うため、ドイツ文学を勉強したことがない私にはややわかりにくく、したがってこの部分の翻訳ばかりはちょっと自信がありませんからあしからず。