美しい毒草の話 | おかるとぶろぐ

おかるとぶろぐ

毎日怖い話ばかりです










"Fain would we remain barbarians, if our claim to civilization were to be based on the gruesome glory of war."
Kakuzo Okakura

(だいぶ前に書き始めて放置してしまっていたブログがあったので、ちょっと古いですが完成させて公開します。)

八月は、スイスのベルン州にある小さな村カンダシュテークというところに、ちょっくら登山目的で旅行に行っていた。今年の中部ヨーロッパ全土は、八月いっぱい異様なほどの好天・高温に見舞われ、30度どころか35度くらいゆうに超えるかという暑さだったから、アルプスの高地での山登りも、強い日差しと暑さで容易なものではなかった。いくら日焼け止めを塗っても汗でとれてしまい、鼻をかめば鼻の部分だけ拭き取られ、鼻を中心に真っ黒に日焼け。年を考えると、このまま顔だけ真っ黒に留まってしまわないか、心底危惧している今日この頃。

トリカブト

ところで、カンダシュテーク周辺の山々を散策していると、今まで訪れた他のスイスの地方に比べても、ずっと多くの「トリカブト」がそこらじゅうに茂っていることに気付いた。

おかるとぶろぐ
トリカブト

ドイツ語では「Eisenhut(アイゼンフート)」で「鉄かぶと」または「鉄の帽子」を意味する。美しい青紫の花穂をつけ、切り花にも使われるそうだが、この植物は大変な猛毒植物だということは、ここにわざわざ指摘することもないだろう。この植物には色違いだが同様に猛毒の亜種があり、そちらの方もこの地方を散策中にしばしば見かけた。

おかるとぶろぐ
Wolfseisenhut (「狼の帽子」という意味。日本では見つからない植物らしいので、日本名は知らない。)あまり適当な見本が見つからなくて、分かりにくいのであしからず。

上の写真のトリカブトは、山の影になって日当たりが悪いが、その代り乾燥しにくいような斜面一面に生えていた。今回は余り標高の高くないところを歩き回ることが多かったが、標高が高くて乾燥している地域では見かけない。トリカブトがごっそり生えている場所の近くに多くのヒツジが放牧されていたが、動物たちは本能的に毒草を避ける能力があるようだ。他の草が残らず食い尽くされている中に、トリカブトだけが株ごと残されているのもよく見かける。

トリカブトは古来から猛毒の毒草であることが広く知られており、世界各国で人間や猛獣の毒殺目的に使用されてきた。ついひと月ほど前テレビで見たドイツの刑事ミステリードラマでも、トリカブトが殺人の「凶器」として使われた。Wikipediaを読むと、中国ではトリカブトの根に千分の一(!)に弱毒化処理をしたうえで漢方の生薬「附子(「ぶし」又は「ぶす」)」として使用されるようだ。その中国では、前漢時代の将軍霍光の夫人が、娘を皇位につけるため当時の皇后許平君をトリカブトの毒で毒殺したといわれている。ヒマラヤ山脈に近い四川州の高地ではこの植物が多く見受けられるのか、現在でもこの地方ではトリカブトによる殺人および自殺が非常に頻繁に行われるそうである。

日本もその例外ではなく、1986年には「トリカブト保険金殺害事件」が発生している。犯人は新婚の妻に多額の保険金を掛けた後、トリカブトとフグの毒で毒殺したとされている。この時犯人は、トリカブトの毒素であるアコニチンを購入したという。ということは、わざわざ日本アルプスの山々に行ってトリカブトを採集したわけではないようだ。もっとも、毒は全草に含まれ、皮膚および粘膜から吸収されるというので、この植物を採集する時点で注意が必要に違いない。素人が人殺しのために採集しようとしたら、木乃伊取りが木乃伊になる可能性があるかもしれない。

キンポウゲ

トリカブトはキンポウゲの仲間の植物である。トリカブトと同じように、キンポウゲも日本の高山でも見つかるし、ヨーロッパアルプスの高山でも野原でどこにでも当たり前に生えている。アネモネ・クレマチス・ミヤマオダマキ・フクジュソウのような、庭好きにはわりあいにお馴染みの植物もキンポウゲと同じ種類で、これらは強弱はあるようだがすべて有毒のようだ。キンポウゲに似たハーネンフス(Hahnenfuß。葉っぱの形から「鶏の足」という意味の名を持つ)という、アルプスのどこの野原にもある黄色いお花も、放牧されている家畜たちがそれを食べれば中毒を起こす。ところが、それを刈り取って干し草にしてしまうと毒性が弱まるので、飼料として与えても問題はないのだとか。

イヌサフラン


ヨーロピアンアルプスの山々には、他にも様々な「毒草」が高山植物として生息している。次に毒草と言って思い浮かぶのは、「Herbstzeitlose(ヘルプスト・ツァイトローゼ) 」だ。スイスからオーストリアに戻り、ザルツカンマーグートという観光地を訪れたところ、バート・イシュルという町にあるカイザー・ヴィラ(注)の広大な庭園の中に、この花が群を成して咲き乱れていた。あいにくその時は大雨で、自分のカメラでは写真を撮影できなかった。見たところクロッカスに似ている薄紫の可憐な花だが、これを 誤って食べると死亡するほどの毒草だ。この植物は、日本語でもイヌサフランという名前で園芸用に普及しているようだが、日本ではこの植物の毒性などの知識の方は余り知られていないせいか、他の食用植物と取り違えての死亡事故も何件か発生しているそうだ。

(注 カイザーヴィラ Kaiservillaは、オースト リア皇帝フランツ・ヨゼフの時代、日本の皇室風に言えば「御用邸」として使われていた建物)

サフラン


イヌサフランは、日本語でサフランと名前が付けられているが、ご本家のサフランは全く別の種類の植物だそうだ。ちなみに、南欧やアフリカの料理で使われるご本家の方のサフランは、花のめしべだけを摘み取って乾燥させたものだが、これも大量に食べると毒になると最近耳にした。Wikiの記述では「5g以上摂取すると重篤な副作用が出る。致死量は12-20gである。」などと書かれているので恐ろしい。うちにあるイラン産のサフランは、薄っぺらい円形のプラスチックの入れ物にちょうど1g入っているが、大体大さじ一杯くらいのものだ。大さじ3倍くらい食べないと危険はないということだろう。うちでもたまにリゾット・ミラネーゼのようなものを作るときサフランを使うことがあるが、そんなときはあの針のように小さなめしべを大体5本くらいしかいらないので、とりあえず死ぬことはあり得ないだろう。だが、「たった5本じゃ少ないんじゃないの?」と、いつも必要量の倍くらい使っていたのだが・・・。

スズラン


その他にもスズランや水仙のような、どこの家庭の庭先にもありそうな植物にも、かなり強い毒性が含まれているものがある。ある時、ハンガリーの映画を拝見したら、ある小さな村で、村の女たちがスズランの花束をもって村のあるおばさんのところを訪れるのだが、その一方村では男たちが次々に謎の死を遂げていくというストーリーだった。そのおばさんは、スズランの毒薬を作って女性たちに渡していたのだ。

スズランや水仙は野草として野山にも咲くのだが、春先にまだ花がついておらず細長い葉っぱだけの状態だと、ギョウジャニンニクなど他の食用の山草と間違えやすい。ウィーンでもギョウジャニンニクに似た「Bärlauch」という山草と、スズランや前述のイヌサフランを取り違えての中毒事故の話は、春先になると、死亡例も含めしばしば耳にする。その季節になると、毎年のようにテレビや新聞などで「葉っぱの見分け方」などに関して注意が呼び掛けられる。

ちなみに、私自身もこの「Bärlauch」(「熊のねぎ」の意味)が大好きで、ニラに似た香りがするが幅の広い葉っぱを煮込んでクリームスープにしたり、ウィーン在住の日本や中国の家庭がするように、ニラの代用として炒め物や餃子を作ったりする。わざわざ山のある地方まで採りに行くまでもなく、ウィーン市内の公園の敷地内にもわんさか生えていて、季節になると買い物用のビニール袋いっぱいに集めている人たちをよく見かける。この葉っぱはスーパーマーケットで売っているので、私はいつもそちらを利用している。これも地元で採ってきて洗った後パックに入れたものなのだから、誰かが間違って毒のある葉っぱを入れていないとも限らない、などといつも考えるが、気にしないことにしている。

参考 

Wikipedia 
日本語項目 
トリカブト 」、「許平君 」、「トリカブト保険金殺人事件 」、「キンポウゲ科 」、「イヌサフラン 」、「サフラン 」 
ドイツ語項目
Eisenhut 」、「Herbstzeitlose