教諭時代 8
清水景允
信吾は、カラー写真の研究は続けながら、化学を担当しているクラスに写真を通して化学の面白さを話すのである。
ある時、酸化還元の項目で、酸素が結びついて酸化反応が起きると言ったところで生徒達の目は輝かない。
何か刺激が欲しい。
そこで、信吾が現像した2枚の写真を見せるのである。
1枚は奇麗に現像されている新しい写真で、もう1枚は、時間が経過し褪色しかかっている写真である。
その古い写真には、修学旅行に引率した時、金閣寺の松の木の枝の下で生徒達を写した写真であった。
良くみると、その写真の中に木の枝から、一人の生徒が手を下にして、ぶら下がっている様に見える映像が写っている。
一瞬、不気味な感じがする写真であった。
信吾は何も言わずに、2枚の写真を回すのである。
すると、生徒の中から悲鳴に似た叫びを発する者が現れた。
信吾は心の中でニヤリと笑うのである。
信吾は、この写真を現像した時、ネガフイルムを調べたが、ネガフイルムには何も写っていなかった。
信吾に取って非常に興味がある現象が起きている。
ネガフイルムに写っていないものが、現像したプリントに写っているのだ。
しかも、高校生らしい人陰が松の枝からぶら下がっている様に写っている・・・。
人は心霊写真と言うかもしれない。
しかし、信吾は、この現象に興味が沸いて来るのである。
何らかの化学反応が起きたはずである。
その反応は何故起きたのか・・・。
原因が有るはずだ。
この写真は、明室現像装置(この写真を現像した時、自動現像装置は未完成であった)SKGを使用しての現像であった。
当時、明室現像装置をSKGと呼んでいた。
明室現像装置と言う名前は特許出願した時の名称であるが、この装置に慣れている人が「明室現像装置」と云うより「SKG」と言う俗称で呼んだ方が、より親しみが沸いて来る。
この明室現像装置を、SKGと呼ぶ様になった謂われは、Sは信吾のS、Kはこの装置を作る時手伝ってくれた、尊敬する笠谷先生のKを付けた。SKだけでは何となく物足りない。またSK現像装置では言葉の流れがスムーズに行かない。何かアルファベット3文字で命名したかった。
丁度、その頃、信吾は切痔を患い、暗室に入って薬をつけながら製作をしていた。とっさに『Gだ・・・。』と閃いた。
それでSKGと言う名前を付けるのである。
そんな事を生徒達に話すのであるが、その面白い写真が現像された原因は、このSKGの構造上に問題があった。
それは、印画紙の上に塗布されている発色物質が現像主薬と化学反応をして発色するのであるが、2枚の印画紙がお互いの乳剤面と接する様にセットすると、それぞれの印画紙が化学反応をする時、光の量が多く当たった方が化学反応のエネルギーが強く、化学反応の弱い方にエネルギーの移動が起き、その画像が転写してしまうことが分かった。
その事を生徒に話すのである。
この様に信吾は、経験したことを教材として使うのである。もちろん、奇麗に発色している写真が、やがて時間の経過と共に褪色する事は色素の酸化作用によるもので有る事を話す。また、発色するのは物質の還元作用で有る事を電子の移動から話すのである。
エネルギーの移動に関することは、物理の理論が含まれているのである。
信吾は、信吾の経験を通して教材となるものを発見し生徒の前で話すのであった。
清水景允
信吾は、カラー写真の研究は続けながら、化学を担当しているクラスに写真を通して化学の面白さを話すのである。
ある時、酸化還元の項目で、酸素が結びついて酸化反応が起きると言ったところで生徒達の目は輝かない。
何か刺激が欲しい。
そこで、信吾が現像した2枚の写真を見せるのである。
1枚は奇麗に現像されている新しい写真で、もう1枚は、時間が経過し褪色しかかっている写真である。
その古い写真には、修学旅行に引率した時、金閣寺の松の木の枝の下で生徒達を写した写真であった。
良くみると、その写真の中に木の枝から、一人の生徒が手を下にして、ぶら下がっている様に見える映像が写っている。
一瞬、不気味な感じがする写真であった。
信吾は何も言わずに、2枚の写真を回すのである。
すると、生徒の中から悲鳴に似た叫びを発する者が現れた。
信吾は心の中でニヤリと笑うのである。
信吾は、この写真を現像した時、ネガフイルムを調べたが、ネガフイルムには何も写っていなかった。
信吾に取って非常に興味がある現象が起きている。
ネガフイルムに写っていないものが、現像したプリントに写っているのだ。
しかも、高校生らしい人陰が松の枝からぶら下がっている様に写っている・・・。
人は心霊写真と言うかもしれない。
しかし、信吾は、この現象に興味が沸いて来るのである。
何らかの化学反応が起きたはずである。
その反応は何故起きたのか・・・。
原因が有るはずだ。
この写真は、明室現像装置(この写真を現像した時、自動現像装置は未完成であった)SKGを使用しての現像であった。
当時、明室現像装置をSKGと呼んでいた。
明室現像装置と言う名前は特許出願した時の名称であるが、この装置に慣れている人が「明室現像装置」と云うより「SKG」と言う俗称で呼んだ方が、より親しみが沸いて来る。
この明室現像装置を、SKGと呼ぶ様になった謂われは、Sは信吾のS、Kはこの装置を作る時手伝ってくれた、尊敬する笠谷先生のKを付けた。SKだけでは何となく物足りない。またSK現像装置では言葉の流れがスムーズに行かない。何かアルファベット3文字で命名したかった。
丁度、その頃、信吾は切痔を患い、暗室に入って薬をつけながら製作をしていた。とっさに『Gだ・・・。』と閃いた。
それでSKGと言う名前を付けるのである。
そんな事を生徒達に話すのであるが、その面白い写真が現像された原因は、このSKGの構造上に問題があった。
それは、印画紙の上に塗布されている発色物質が現像主薬と化学反応をして発色するのであるが、2枚の印画紙がお互いの乳剤面と接する様にセットすると、それぞれの印画紙が化学反応をする時、光の量が多く当たった方が化学反応のエネルギーが強く、化学反応の弱い方にエネルギーの移動が起き、その画像が転写してしまうことが分かった。
その事を生徒に話すのである。
この様に信吾は、経験したことを教材として使うのである。もちろん、奇麗に発色している写真が、やがて時間の経過と共に褪色する事は色素の酸化作用によるもので有る事を話す。また、発色するのは物質の還元作用で有る事を電子の移動から話すのである。
エネルギーの移動に関することは、物理の理論が含まれているのである。
信吾は、信吾の経験を通して教材となるものを発見し生徒の前で話すのであった。