退職後の信吾 9
               清水景允


 ある時、信吾の事務所で、お客様とDのしずくのデザインに付いて打合せをしていた時である。
旭川では珍しい揺れ方をする地震が発生した。
すかさず、テレビのスイッチを入れた。速報が入ってきた。
震源近くの東北地方は震度6強の揺れだと報道された。
打合せをしているお客様は、本州で長いこと生活をしていたので、その経験から、「震度6強とは大変な地震だ・・・。」と言うのである。
 テレビでの始めの速報は大きな地震が東北地方で起きた、位の報道であったが、直ちに津波警報が発令された。
地震の報道も時間の経過と共に被害が出ているとの報道に変わり出した。
そして、地震が発生して40分後位から、津波が東日本の太平洋沿岸一帯に到達する様子が放映されるのである。

 福島県の原子力発電所が津波に襲われた。
始めのテレビ放送は、その位の報道であった。
信吾は、胸騒ぎをした。
『原子力発電所が、津波に襲われる・・・。ただでさえ、地震大国の日本である。その地に原子力発電を設置すること事体が無理な話である。幾ら、原子力空母用に開発された原子炉であるから揺れには大丈夫だと言っても、ここは地上である。多分、原子炉建家と発電建家との間には夥しいパイプで連結されているはずである。そのパイプには、地震の揺れよって必ずズレが生じるはずである。震度6強の揺れであることは、縦揺れであると相当の段差が出来るはずである。また、横揺れなら左右に揺すぶられる。
今回、旭川で経験したこの揺れ方は相当に長く感じられた。原子炉の建っている福島は震源に近い。原子炉そのものは破損しなくても、パイプの破損が必ずおきているはずである・・・。
そこから、水蒸気や放射性物質が大量に大気中に放出されるのでないだろうか・・・。』と考えるのである。