退職後の信吾 11
清水景允
時の政府は2030年までに、「原発ゼロ」を言い出した。
そのニュースに信吾は感激するのである。しかし、首相の交替でその話は頓挫してしまう。さらに、政権交替で原子力発電再稼働の話が出て来た。
それに反対する市民が官邸前で「原発再稼働反対」の集会が毎週金曜日に開かれる様になった。はじめ300人で始まったこの抗議行動はデモではない。警察(公安委員会)に申請して許可書を発行してもらい行なうものであるからデモストレションとみなされないのである。
その抗議行動に最盛期に20万人もの人々が参加するのである。
如何に、人々は、この原発事故に感心を示しているかといことの現れである。
また、面白いことにこの現象は、世界的に類を見ない現代日本で合法的で自由に政治的・芸術的(飛び入りでの自由な発言、楽器の使用等)に国民の意思表示出来る空間となっているのかもしれない。
この官邸前金曜行動に旭川から飛び入りで参加した人がいた。
多忙なその人は、たまたま東京への出張中で金曜行動に参加するのであるが、その人が旭川に帰ると、ある酒の席で信吾と一緒になり、官邸前での金曜行動の様子を話してくれた。
その人の曰く、「旭川でも何か行動をしたいね・・・。」と・・・。
信吾は一にも二にもなく同意するのである。
酒の席に同席していたもう一人を含めて3人で、官邸前金曜行動に合わせる様に街角に立つ約束をし酒の席を後にした。
第一回の日程が決まった。2012年6月23日金曜日である。
6月23日が来た。午後6時に街角に着く様に信吾は自転車を走らせた。約束時間に少し遅れて街角に着いた。
すると、その人は胸に原発反対のプラカードを下げ一人街角に立っているのである。
信吾は、遅れたことを詫びるのであるが、安堵した様なその人に顔を忘れることが出来なかった。
清水景允
時の政府は2030年までに、「原発ゼロ」を言い出した。
そのニュースに信吾は感激するのである。しかし、首相の交替でその話は頓挫してしまう。さらに、政権交替で原子力発電再稼働の話が出て来た。
それに反対する市民が官邸前で「原発再稼働反対」の集会が毎週金曜日に開かれる様になった。はじめ300人で始まったこの抗議行動はデモではない。警察(公安委員会)に申請して許可書を発行してもらい行なうものであるからデモストレションとみなされないのである。
その抗議行動に最盛期に20万人もの人々が参加するのである。
如何に、人々は、この原発事故に感心を示しているかといことの現れである。
また、面白いことにこの現象は、世界的に類を見ない現代日本で合法的で自由に政治的・芸術的(飛び入りでの自由な発言、楽器の使用等)に国民の意思表示出来る空間となっているのかもしれない。
この官邸前金曜行動に旭川から飛び入りで参加した人がいた。
多忙なその人は、たまたま東京への出張中で金曜行動に参加するのであるが、その人が旭川に帰ると、ある酒の席で信吾と一緒になり、官邸前での金曜行動の様子を話してくれた。
その人の曰く、「旭川でも何か行動をしたいね・・・。」と・・・。
信吾は一にも二にもなく同意するのである。
酒の席に同席していたもう一人を含めて3人で、官邸前金曜行動に合わせる様に街角に立つ約束をし酒の席を後にした。
第一回の日程が決まった。2012年6月23日金曜日である。
6月23日が来た。午後6時に街角に着く様に信吾は自転車を走らせた。約束時間に少し遅れて街角に着いた。
すると、その人は胸に原発反対のプラカードを下げ一人街角に立っているのである。
信吾は、遅れたことを詫びるのであるが、安堵した様なその人に顔を忘れることが出来なかった。