退職後の信吾 13
               清水景允


 この「旭川アゴラの会」では理念があった。
 
 「旭川アゴラの会」の理念 
                    (文責)富山信吾

 現在、私達の住む地球上で発生している諸問題は、何故おきるのでしょか。
 1990年に出されたビル・マッキベンの「自然の終焉」の中に環境破壊に伴う生態系のバランスの崩れを危惧し、人類を含め生き物が平和に生き続けるためには、この地球上で知恵を持つ人間が、新しい理念の創造が必要であることを訴え、人間一人一人の生き方をも問おうとしています。
 また、日本放送協会から同じく1990年に出版された「地球は救えるか」の中で、地球温暖化を取り上げ、地球上の一部の人間が、豊かさに慣れてしまい、その人間の怠慢が現在の地球を病める状態にしている。と、書き下ろし、このことから、豊かさに慣れ切った個々の人間が自分の生活の中で、豊かすぎる部分はどこなのか、こまめに点検して、我慢をしていかなければ地球を救えない。と言っています。
 しかし、21世紀にはいっても、私達の住む地球は病める一方です。その原因は、私達、個々の人々が哲学をしなくなったところにあります。つまり、哲学の欠如です。哲学は、なにも、カントがこう言った。ヘーゲルの弁証法はこうだ。アリストテレスの形而上学によれば・・・。等を学ぶものではありません。そのようなことは学者に任せば良いのです。
 カントが、何故その時代に純粋理性批判を解かなければならなかったか・・・。ヘーゲルが、何故その時代に弁証法を書かなければならなかったか・・・。アリストテレスが、何故その時代に形而上学を唱なければならなかったか・・・。と言うことを、若い時に学ばなければならないのです。それをさせなかった世界中の指導者、教育関係者の怠慢が、現在の地球を病める状態にさせたのです。
 私達が、この地球を救うには、今からでも遅くはありません。私達は「今、何が問題なのか・・・。そのことをもっと知ろう・・・。そして、実践しょう・・・。」を合い言葉に行動することが私達の哲学なのです。
 「アゴラ」とは古代ギリシャの「広場」「市場」を意味します。古代ギリシャのアテナイ(アテネ)の市民は、このアゴラに集い、時の政治、経済、学問等を、対話を通して知識を集積していました。その代表的な人が、「私は何も知らないのです・・・。だから、知りたいのです(無知の知)。」を唱え対話を通して、行動し実践したのが、哲学の父と言われたソクラテスでした。
 「旭川アゴラの会」は、古代ギリシャのアゴラに習い、組織はありません。街角に集まって来る人達、個人個人がアテナイの市民の様に主体者であり、個人の責任で自主的に成りたっているものです。ですから、「旭川アゴラの会」には代表者はいません。また、「金曜行動」(「旭川アゴラの会」発足当初、この言葉が使われていました)と言う言葉は、組織としてのニューアンスが強いため、「金曜日に広場に集う」ことから「金曜広場」となっていくのです。
 また、集まって来る人々の中から「今、何が問題なのか・・・。そのことをもっと知ろう・・・。そして、実践しよう・・・。」と言うことで、「ふくしまを忘れない会」が発足し、活動する組織が生まれました。また、街角で話し合っているうちに、「今、起きている問題について、もっと深く学習したい・・・。」と言うことから、インドアーでの学習会を開催されました。
 これからも、この二つの組織以外に、新しい組織が生まれる可能性があります。それは、毎週、この「金曜広場」に集まってくる人達が、真剣に今の地球上で起きている問題について考えているからでないでしょうか・・・。