退職後の信吾 15
               清水景允

 2 原発に換わるエネルギーはあるのか・・・。

 信吾がエネルギーについて考える時、常に次に挙げる大前提を抜きにして考えられないのである。
 つまり、この地球上で生命を与えられた存在者は、太陽のエネルギーの下で、水と炭素と若干の他の元素を基に身体を作り、その身体を他者に与えることによって生態系が形成されると言う大原則である。
 しかし、人間と言う生物が、この地球上に現れて己の欲望を満たすことのみ考え、何時しかその生態系にひずみが生じ始めるのである。

 沢田先生の「ライフサイエンスの哲学」の中に、人間が自然の中で生きて行くために、自然の恐怖(自然災害等)から如何に逃れるかと言うことから、近代人は科学を用いて「自然を克服する」という表現をあたりまえのように受け取り、それに向けて人間は努力するのである。
 しかし、現代、人間は自然を克服したかに見えるのであるが、ある側面で克服すればするほど、人間は知らぬ間に自然によって侵入され、圧迫を受け、全体としてみると疎外感、不安感を感じる時代になって行くのである。
 このことに明確に自覚して来た科学者が一世紀程前から、将来の環境破壊に繋がる危機感を訴え続けていたのが、農学関係の科学者であった。その科学者達は、人間と自然とのふれあいを大切にすることの必要性を唱っていたと、「ライフサイエンスの哲学」の中に記述がある(「ライフサイエンスの哲学」70ページから73ページ要約)。

 信吾は工業技術教育者の端くれであったが、太陽エネルギーを戴き、そのエネルギーで水と炭素と若干の他の元素を基に身体を作り、その身体を他者に与えることによって生態系が形成されるところに農学の役割に痛感するのである。
 以上の観点から信吾は、原子力エネルギー、及び化石エネルギーは環境破壊をもたらす最たるものとして破棄し、それに換わるエネルギーは存在すると話すのである。
 それは、日本に豊富に存在する水資源から、エネルギーを得るしかない。と考えるのである。