信吾の病気 4
清水景允
教諭になって1年目の学年末、来年度の学級担任の選考に、信吾が工業化学科の担任候補として手を挙げて欲しいと教頭から言われた。
当時、学級担任は教諭の中での希望性あるいは推薦性であった。
工業高校の学級担任は、決まると3年間同じクラスの担任をしなければならないシステムになっている。
信吾は教諭に任用が決まった時から、やがて担任をしなければならない覚悟はしていた。
教諭としてクラス担任は最も大切な仕事である。しかも教頭からの申し出である。
担任希望届を学校長に提出した。
学校長は承諾し学年末に来年度の学級担任の発表があった。
学校長は「工業化学科1年担任 富山先生 建築科1年担任 ・・・」
と、職員会議の席で発表があった。
信吾は身の引き締まる思いで、その発表を聞いていた。と同時に、今までは、教諭の輔佐としての実習助手は、教諭の言われるままに仕事をしていれば良かった。従って、学校での自由な時間に自分の研究に没頭する事が出来、カラー写真の明室現像装置を発明し、さらにカラー写真の自動現像装置の研究開発に没頭する事が出来た。
しかし、これからは違う。
自分の研究に没頭する事は出来ない。
生徒を第一に考えなければならない。それが教諭の仕事だ。
高校生は、多感の世代である。
良く、古参の先生が言うが、そのクラスを見れば担任の人柄が見えて来る、と・・・。
この多感な青年達を、どの様に導いて行ったら良いか・・・。
担任と決まってから、校内の先生の話を聞き廻った。
すると、ある先生から「富山先生の生き様を素直に出し、生徒に見せれば良いのだよ。」と言うのである。
『僕の生き様って・・・。』
信吾は考えるのである。
『本校の校訓は「信頼されるひとになれ」だ・・・。
その、信頼される人になる為にはどのように導いたらよいのか・・・。
小学生の時、いじめに合った。いじめの無いクラスにしたい。
工業高校だから、ものを作る事に喜びを感じるクラスにしたい。
謙虚に人の話に耳を傾けるクラスにしたい。
そして、その言葉の中に自分と違うものを発見したなら、自信を持って意見を述べるクラスにしたい。』
クラス運営方針が決まった。
清水景允
教諭になって1年目の学年末、来年度の学級担任の選考に、信吾が工業化学科の担任候補として手を挙げて欲しいと教頭から言われた。
当時、学級担任は教諭の中での希望性あるいは推薦性であった。
工業高校の学級担任は、決まると3年間同じクラスの担任をしなければならないシステムになっている。
信吾は教諭に任用が決まった時から、やがて担任をしなければならない覚悟はしていた。
教諭としてクラス担任は最も大切な仕事である。しかも教頭からの申し出である。
担任希望届を学校長に提出した。
学校長は承諾し学年末に来年度の学級担任の発表があった。
学校長は「工業化学科1年担任 富山先生 建築科1年担任 ・・・」
と、職員会議の席で発表があった。
信吾は身の引き締まる思いで、その発表を聞いていた。と同時に、今までは、教諭の輔佐としての実習助手は、教諭の言われるままに仕事をしていれば良かった。従って、学校での自由な時間に自分の研究に没頭する事が出来、カラー写真の明室現像装置を発明し、さらにカラー写真の自動現像装置の研究開発に没頭する事が出来た。
しかし、これからは違う。
自分の研究に没頭する事は出来ない。
生徒を第一に考えなければならない。それが教諭の仕事だ。
高校生は、多感の世代である。
良く、古参の先生が言うが、そのクラスを見れば担任の人柄が見えて来る、と・・・。
この多感な青年達を、どの様に導いて行ったら良いか・・・。
担任と決まってから、校内の先生の話を聞き廻った。
すると、ある先生から「富山先生の生き様を素直に出し、生徒に見せれば良いのだよ。」と言うのである。
『僕の生き様って・・・。』
信吾は考えるのである。
『本校の校訓は「信頼されるひとになれ」だ・・・。
その、信頼される人になる為にはどのように導いたらよいのか・・・。
小学生の時、いじめに合った。いじめの無いクラスにしたい。
工業高校だから、ものを作る事に喜びを感じるクラスにしたい。
謙虚に人の話に耳を傾けるクラスにしたい。
そして、その言葉の中に自分と違うものを発見したなら、自信を持って意見を述べるクラスにしたい。』
クラス運営方針が決まった。