信吾の病気 3
                 清水景允

 
 信吾はここで沢田先生の著書「ライフサイエンスの哲学」を再度、精読するのである。
 「ライフサイエンスの哲学」148ページの『科学への禁欲』の中で、
 科学とは人間の知識の一つの在り方である。言い換えれば一つの理論体系である。その理論が地球環境に危害を与える可能性があるものであったなら、人類は一つの禁欲を実行しなければならないだろう。
これは、科学の理論を持っていて、しかもそれを現実の機械や装置として物質化しない、と言うことは人間の知的活動の自然の傾向に逆らうものであり、科学者としてその自然の傾向にストップをかける為には、科学以外の感心に根ざす強い禁欲の思想が必要だろう。
 人類がいつ、どのような形で科学にたいする禁欲を断行しなければならないかは、その時の状況のなかで判断されねばならないだろうが、いつかは何らかの形で禁欲がおこなわれなければならないことは明らかである。さもなくば環境破壊から生じる人類生存の危機を乗り越えることは出来ないだろう。
 更に同じく「ライフサイエンスの哲学」の26ページからの『(3)“進歩”思想と人間行動システム』の中で、人間の生活環境を取り上げ、
 生活して行くからには廃棄物が出て来る、その廃棄物を科学的理論の下で処理しなければ、やがてその廃棄物のため環境破壊が進み人間の生活が出来ない環境となって行く・・・。
と、科学者に注意を喚起し、それに伴う我々人類の甘えの構造を強く戒めている。

 原子力発電では原子炉内で放射性物質が常に生まれて来る。その放射性物質を完全に無害な物質にする科学理論が生まれ、その理論の下に技術が物質化することが出来ない限り、原子力発電は行なってはならない・・・。と、信吾は確信するのである。
 かたわら、カラー写真の自動現像装置の研究は80%程進んでいた。

 教諭になって1年が過ぎようとしている。その間、理科の物理と化学の教科を担当していた。理科は普通科であるから、全科に渡って教えるのであるが、信吾は、工業化学科と建築科の1年生と2年生を担当していた。