卒業する信吾 11 
                  清水景允


 午前9時に旭川を出発した。
夕方、函館港発のフェリーに乗船したかった。
信吾の車の後部座席に重い流木が5個と、天板のガラス板が乗せてある。
車の後ろが深く沈む様な格好で車を走らせる。
夕方6時に出港するフェリー乗船することが出来た。
フェリーの中では、ゆっくり足を伸ばし休むことが出来る。

 夜の11時頃、青森港埠頭に接岸し国道4号線に乗った。
道路標識に東京まで800kmと白い文字がヘッドライトに照らされ闇夜に浮かび出る。
『これから芦名まで約870km・・・。』気を引締め、ハンドルを握る。
当時、宮城県の大和ICから東北自動車道路が北関東川口ICまで続いていた。
大和ICまで、真夜中の国道4号線を走る。
途中、平泉辺りで明るくなって来た。
大和ICから東北自動車道に乗った。
朝7時頃であった。
何処かで朝食を取らなければ・・・。と思いハンドルを握っていたが、サービスエリアがみつからない。
車を走らせ国見SAを見つけ朝食件昼食をとり、30分程休み、また東北自動車道を走った。
宇都宮IC辺りから自動車の数が多くなって来た。
東京に近づいている証拠である。

 北関東の川口ICで東北自動車道を降り国道16号線を首都自動車道入り口入谷まで南下した。
入谷ICから首都高速道に乗り都心を通り抜け横浜まで一気に駆け抜け、また、国道16号線で鎌倉、逗子へと車を走らせる。
午後の2時頃逗子に着いた。そこから芦名までは1時間はかからない。
懐かしい、葉山を過ぎた。
芦名まで車で20分位である。
午後の3時頃芦名に到着した。
先生初め懐かしい人々が出迎えてくれた。
積んで来た、天板のガラス板、流木のテーブル足、同じく流木で作った椅子4個降ろした。
沈んでいた車の後ろが従来の自動車の姿に変わった。