卒業する信吾 5 
                  清水景允


 信吾は、地方公務員宿舎に宿を取っていた。
宿舎に帰る電車の中で、何となく気怠さを感じた。
信吾は、夏期スクーリングで上京する度に、夏風邪を引くのである。しかし、少し身体を休ませると治っていた。
その時も、例年のことだから、と思い早めに休むことにした。

 次の日の朝、身体を動かすことが出来ない。室温が30℃近いのに、寒気を感じるのである。
仕方なく身体に布団をかけて朝食をとらず、その日の聴講を休むことにした。少し身体を動かすことが出来る様になったので、尿意を感じたのでトイレに行き放尿した。その尿は真っ赤なのである。
全く経験したことが無い尿の色である。
信吾は驚き、何とか三田キャンパスの医務室に辿り着いた。
すると、ドクターから「急性腎不全です・・・。講義を受けることは出来ません。」とドクターストップが掛った。
医務室で、ある程度の処置をしてもらい、医務室で休養し電車に乗れるところまで回復したので、葉山の長者ガ崎の沢田先生宅に電話をした。
すると、澄子婦人が「直ぐ葉山に来なさい・・・。電車に乗れるのでしょ・・・。」と電話の向こうで言うのである。
信吾は「午後三時にはお邪魔できると思います。」と伝え、京浜急行で葉山に向かった。

 澄子夫人は信吾の顔をみて「少し休みなさい・・・。」と言って、学生達が良く利用する部屋に案内してくれた。
少し寝たのだろう。目が覚めた時、身体を動かせる様になっていた。
すると、澄子夫人は「信吾君、庭の雑草を取ってちょうだい・・・。」と言うのである。信吾は言われるまま、庭の草むしりをしていた。
信吾の身体は相模湾の潮風に吹かれ普段の体力とまで言わないが回復するのである。

 その日は葉山の先生宅で休むことにし、次の日、宿舎をたたみ急遽、飛行機で旭川に帰ることにした。もちろん三田の医務室から旭川の病院宛の紹介状を書いてもらっていた。