卒業する信吾 2
                  清水景允


 年が開け、夏が来た。本来なら夏期スクーリングで北海道に居ない信吾であるが、この年の夏は北海道で過ごし、夏休みは卒業論文の準備に時間を要していた。しかし、構想が中々組み立てることが出来なかった。
 そもそも、信吾の哲学は科学批判であるから、卒業論文に「科学」と言う言葉が入っていなければならないと考えていた。それで、科学の認識論をテーマに考えていたが一向に筆が進まない。
夏休みも終わり、二学期が始まった。
学校では理科の実験準備、それにデモ実験の合間に、カール・R・ポパーの「科学的発見の論理」、トーマス・クーンの「科学革命の構造」、それにN・R・ハンソンの「科学理論はいかにして生まれたか」を読みあさっていた。
しかし、これらの著書の中に信吾を満足させるものはなかった。

 そんなことをしている内に、正月を迎え3月に入るのである。
3月のある日、君枝が妊娠したことを信吾に告げた。
信吾には新しい家族が出来るのである。
と同時に、父親としての責任を感じるのである。
 その責任とは、人間として心に決めたことは、何が何でもやり通さなければ、人間失格と言うことである。それを実行して行く過程の中で、時には困難を背負かもしれない。それを恐れ、止めてしまえばそれまでの人間でないか・・・。
 目的を達成する為に生身である自分の肉体を気遣いながら、目的に向かって進む姿を子供に見せることが親の勤めでないか・・・。
子供は親の背中を見て育つと言う。
人間失格の親の姿を見せたく無い。努力する姿を子供にみせることが親の責任ではないかと考えるのである。
 
 一方、信吾は君枝との生活の中で、君枝の経済的遣繰りに付いては、全く無頓着あった。
後に気が付くのだが、夕食にカレーライスの中に肉が信吾の皿に多めに入っていた。
それを見て信吾は「肉が多いよ・・・。」と言ったら、君枝は「だって私より身体が大きいでしょ・・・。私より多く食べなければダメ・・・。」
と言うのである。
その肉は、50gだけ買い信吾の皿に入っていたのである。君枝の皿には少量しか入っていなかった。その分、信吾の学費と写真研究費、それに生まれて来る子供の為に貯蓄するのであった。