卒業する信吾 1
                  清水景允

 君枝は、結婚を機に自動車販売会社を退職し、信吾の帰宅を待つ生活に入っていた。
12月からの給料を今度は君枝に渡す。
信吾の給料は教員特別手当がついていたから、一般の公務員より少し高額である。しかし、その給料の中から、信吾の学費を捻出しなければならない。
通信教育と言えども、学費、それに科目試験が地方で行なわれるから、その旅費、更に夏期スクーリングの費用がかかる。
若い君枝にとって、大学生を一人抱えて居る様なものである。
11月15日に結婚し、翌年の夏期スクーリングの貯蓄は無かった。
丁度、卒業論文の構想も出来上がっていないので、翌年のスクーリングは次年度に延ばすこととし学費だけは納めた。
君枝は来年度のスクーリングに向けて貯蓄をはじめるのであった。
 
 君枝は、動物を可愛がる人である。
ある日、子犬が、迷い込んで来た。
その子犬は、君枝にすっかり懐いて、家から離れない。
その子犬を育てることにした。
ところが、小さな公営住宅である。
夜中に、子犬が鳴くのである。
隣りに住む老婆が、うるさいと言う。
止も無く、君枝はその子犬を養うことを諦め、お袋の実家に引き取ってもらうことにした。
その子犬は、決して君枝のことを忘れることは居なく、お袋の実家に行く度に、君枝に対して喜びを表現するのであった。
信吾達の結婚生活がこうしてはじまった。

 信吾はカラー写真の現像装置法に関する特許出願の準備を重ねる。
 特許法の中に、特許と実用新案とがある。
特許は技術の発明で、実用新案は技術の改良である。
 特許法 第1章 第2条に この法律で「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。
とある。従って、カラー写真を手軽に明るい部屋で現像できる装置は、今までに無かった技術であるため特許に属する。
 出願書には、発明の名称を書かなければならない。
信吾は生まれたて初めて、自分が作り上げた物に名前を付けるのである。
願書に「特許願」と書き、発明した名称に「明室現像装置」、発明者に「富山信吾」と書き入れた。
とにかく初めての特許出願である。全てが新生である。
 願書、要約書、明細書、図面と書き進んだ。図面の方は、高校時代、製図と言う教科があり、製図は得意であった。特許図面には苦労しなかった。
一応、特許法に順応した願書を作成して特許庁に郵送した。
しばらくして、特許庁から信吾の識別番号(以後、特許庁に出願等を含めて、全ての書類を提出するのに付加しなければならない信吾の番号)の通知がきた。その通知一つとっても信吾には初めての経験であった。
 こうして、弁理士(特許等業務を関する国家資格)でない信吾が特許出願をするのであった。