寺田澄子との別れ、そして結婚 7
                     清水景允

 
 ある秋の夜、彼女と歩いていた。何気なく二人は立ち止まった。
二人は顔を見合わした。
二人は唇を合わすのであった。
・・・・・・。
彼女の目には涙が街灯の光に照らされ光っていた。
それから、少し時間を置いて、信吾は次の言葉を彼女に伝えた。
「お互いに歳をとっても、仲の良い夫婦でいたい。貴女とならそれが出来る。
僕の妻になって下さい。」
彼女は声には出さなかったが、静かに頭をさげた・・・。
『この人が、この未熟な僕の妻になるのだ・・・。
この人が、僕と結婚することによって、後悔せず幸せに感じる様に僕は努力しなければ・・・。
そのためには、この偏屈な僕を広く人に好かれる様に、人の話に耳を傾け、その中から自分を見詰め、気がついたところから直していこう・・・。』と、心に決めるのであった。
ずっと後に、彼女から聞いたことだが、「真面目に物事に取組むこの人となら・・・。」と言うことであった。
 結婚式は11月15日と決まった。
結婚式には遠く葉山から澄子夫人が来られ、慶応旭川クラブの仲間達も祝福してくれた。
その中には、寺田澄子も入っていた。
寺田澄子とは、別れた後は慶応の仲間として割り切って接して居た。

 学校での信吾のカラー写真の研究が続く。
暗室に30分間籠り、一枚のカラー写真を現像する作業が続いていた。
しかも、皮膚に現像液が付着すると、そこが炎症を起こす。
細心の注意をしても、現像液が皮膚に付いてしまう。
30分後に暗室から出て、念入りに現像液が触れた皮膚を洗う作業が続く。
『明るい所で現像できないか・・・。』
信吾は小学生の時、培ったモノづくりの精神が沸き上がって来るのである。
『写真を現像するには、露光し終わった印画紙を遮光した箱の中に入れ、そこに現像液をいれて現像すればよい。』
  信吾は、その時、プラスチックの加工技術を身につけていた。
露光した印画紙を、遮光したプラスチックの箱の中に入れ、そこに現像液を入れる。
ただ、それだけのことである。
しかし、信吾は、アイデアーが浮かばない。
フイルムの現像タンクを使用してみた。しかし、このタンクじゃ、小さな印画紙一枚しか入らない。少なくてもA4版の印画紙2枚は入れたい。A4版が入れば、それ以下の大きさの印画紙は何枚も現像できる。
信吾は、考えるのである。A4版の印画紙の大きさの現像タンクをどのようにして作るか。