貧乏学生 4
清水景允
九州の学生が、澤田先生と、隣りのソファーに座って居る澄子夫人を紹介してくれた。
『澄子・・・。寺田澄子と同じ名である。多分、寺田澄子は、クラブの仲間と、今日は東京見物しているはずである。』と思いながら、九州の学生の紹介を聞いていた。
先生は、大きい身体に半ズボン、上はランニングシャツ姿で
「いや・・・。富山君、待っていたよ・・・。」と手を差し伸べて来た。
信吾は、自分の情報が、九州の学生を通して先生に伝わっていることが分かった。続いて澄子夫人から「富山君は旭川市に住んで居るのですてね・・・。何時か行ってみたいわ・・・。東京は暑いでしょう・・・。身体大丈夫。」
と気遣いの言葉をかけてくれた。
澄子夫人の鋭い観察力から、信吾の食生活が貧しい事を感じ取ったのであろう。
信吾はカメラを持参していた。このカメラは、勤務校の備品で大学のスクーリングなど長期間の借用が許されていた。
信吾が持って居るカメラを目にした沢田先生は「そのカメラ見せてくれない・・・。」と言って手を出した。
後に分かる事だが、沢田先生は慶応では類を見ない写真通で、塾内の写真愛好家に呼びかけ、東京八重洲駅のギャラリーで写真展を開催するなどしていた。
その先生は、信吾が持っていたカメラを手にし、鏡胴(レンズを取付けている胴状の部分。その中にレンズはもちろん、絞り、シャッター機構が組み込まれている。)に指をかけ引き伸ばし固定した。
信吾は、『先生は、この古いカメラの事を良く知っている・・・。』と思って見ていた。
先生は「このカメラは名機なんだよ・・・。鏡胴の部分が使わない時、内部に納められ、カメラのコンパクト化にしたカメラなんだ。使用する時、この様に引き出し焦点距離(レンズからフイルム上に決像する距離)を確保した画期的なカメラなんだ。」と周りに居る人達に説明をしていた。
信吾は初めて知るのである。
信吾のカメラに対するイメージは鏡胴の部分が競り出しているものであった。
先生はライカの愛好家であった。
ライカと言えば、カメラ愛好家にとっては名機で、信吾には絶対に手にする事が出来ないカメラであった。そのカメラを触らせてくれた。
信吾は空シャッター(フイルムを入れずにシャッターを切る事)を切った。シャッターボタンを押した後に残るシャリーンと言う余韻に耳を傾け聴き入っていた。
沢田先生と澄子夫人との出会いはこの様にしてはじまった。
夕食時間になった。
家族か、学生か分からない人達が、勝手に台所にある冷蔵庫を開け、料理を作り出した。
信吾は驚いた。
そこに居た人達が代わる代わる台所で夕食の準備をするのである。その傍らにビールのジョッキが置いてあり、ビールを飲みながら料理を作るのである。
澄子夫人は、ソファーに座り聞かれた事に指図をするだけであった。
信吾の生い立ちからみると考えられない事であった。
『男子厨房に入るべからず・・・』
信吾の家では、親父は絶対に台所に立つ事は無く、お袋が作るもの、時には信吾が作るものに箸をつけていた。ましてや、他人が台所に入る何て絶対にあり得ない風景であった。
それに気がついた先生が「富山君、君は美味しいものを食べたいと思わないの・・・。美味しいものを食べたいのなら、自分で作らなければダメだよ。そして後始末をしっかりと自分で行なわなければダメだ・・・。自分の食べたいものを台所で作って来なさい・・・。」と言うのである。
はじめて台所に入った。
信吾は九州の学生が作るものを手伝って食卓に着いた。先生は焼き魚を肴にビールグラスを手にしていた。
清水景允
九州の学生が、澤田先生と、隣りのソファーに座って居る澄子夫人を紹介してくれた。
『澄子・・・。寺田澄子と同じ名である。多分、寺田澄子は、クラブの仲間と、今日は東京見物しているはずである。』と思いながら、九州の学生の紹介を聞いていた。
先生は、大きい身体に半ズボン、上はランニングシャツ姿で
「いや・・・。富山君、待っていたよ・・・。」と手を差し伸べて来た。
信吾は、自分の情報が、九州の学生を通して先生に伝わっていることが分かった。続いて澄子夫人から「富山君は旭川市に住んで居るのですてね・・・。何時か行ってみたいわ・・・。東京は暑いでしょう・・・。身体大丈夫。」
と気遣いの言葉をかけてくれた。
澄子夫人の鋭い観察力から、信吾の食生活が貧しい事を感じ取ったのであろう。
信吾はカメラを持参していた。このカメラは、勤務校の備品で大学のスクーリングなど長期間の借用が許されていた。
信吾が持って居るカメラを目にした沢田先生は「そのカメラ見せてくれない・・・。」と言って手を出した。
後に分かる事だが、沢田先生は慶応では類を見ない写真通で、塾内の写真愛好家に呼びかけ、東京八重洲駅のギャラリーで写真展を開催するなどしていた。
その先生は、信吾が持っていたカメラを手にし、鏡胴(レンズを取付けている胴状の部分。その中にレンズはもちろん、絞り、シャッター機構が組み込まれている。)に指をかけ引き伸ばし固定した。
信吾は、『先生は、この古いカメラの事を良く知っている・・・。』と思って見ていた。
先生は「このカメラは名機なんだよ・・・。鏡胴の部分が使わない時、内部に納められ、カメラのコンパクト化にしたカメラなんだ。使用する時、この様に引き出し焦点距離(レンズからフイルム上に決像する距離)を確保した画期的なカメラなんだ。」と周りに居る人達に説明をしていた。
信吾は初めて知るのである。
信吾のカメラに対するイメージは鏡胴の部分が競り出しているものであった。
先生はライカの愛好家であった。
ライカと言えば、カメラ愛好家にとっては名機で、信吾には絶対に手にする事が出来ないカメラであった。そのカメラを触らせてくれた。
信吾は空シャッター(フイルムを入れずにシャッターを切る事)を切った。シャッターボタンを押した後に残るシャリーンと言う余韻に耳を傾け聴き入っていた。
沢田先生と澄子夫人との出会いはこの様にしてはじまった。
夕食時間になった。
家族か、学生か分からない人達が、勝手に台所にある冷蔵庫を開け、料理を作り出した。
信吾は驚いた。
そこに居た人達が代わる代わる台所で夕食の準備をするのである。その傍らにビールのジョッキが置いてあり、ビールを飲みながら料理を作るのである。
澄子夫人は、ソファーに座り聞かれた事に指図をするだけであった。
信吾の生い立ちからみると考えられない事であった。
『男子厨房に入るべからず・・・』
信吾の家では、親父は絶対に台所に立つ事は無く、お袋が作るもの、時には信吾が作るものに箸をつけていた。ましてや、他人が台所に入る何て絶対にあり得ない風景であった。
それに気がついた先生が「富山君、君は美味しいものを食べたいと思わないの・・・。美味しいものを食べたいのなら、自分で作らなければダメだよ。そして後始末をしっかりと自分で行なわなければダメだ・・・。自分の食べたいものを台所で作って来なさい・・・。」と言うのである。
はじめて台所に入った。
信吾は九州の学生が作るものを手伝って食卓に着いた。先生は焼き魚を肴にビールグラスを手にしていた。