貧乏学生 2
清水景允
発表時間が来た。
60人程の学生の前での発表である。
沢田先生は、一番前の列に大きな身体を縮める様に席に着いている。
信吾は話し始めた。
「現在、日本は高度経済成長期に差し掛かり、大量に『良い』と思われる製品を私達に提供しています。私達は、その製品が少しでも良いと思われる所があれば、今まで使用していた製品を廃棄して、その製品を買い求めています。
その結果、益々、人、物の流が盛んになり、北海道旭川から東京まで24時間を切る早さで、行き来できる時代になりました。飛行機を利用すれば日帰りで東京での仕事が可能になりました。その意味では、私達の生活は便利で豊かになったと言えるでしょう。
しかし、一方では廃棄された製品がゴミとして野積みされて、そこから流れ出る危険な物質が自然界に溢れています。PCB(ポリ塩化ビフェニル)の混入した電気製品の廃棄、有機水銀の流出、カドミウム汚染、石油コンビナートからの大気汚染物質の排出、もっと恐ろしいのは、大気圏内核実験です・・・。」
信吾は前半、現在の環境破壊の現状を話した。
中段になって、現在の科学技術はその事に対して何も対策をとっていないと訴えるのである。そして、結論として「私達が学ぶ哲学とは、何も、カントがどう言った、ヘーゲルの弁証法はこうだ、と言う事を学ぶものではないと考えます。その時代に、何故カントが純粋理性批判を書かなければならなかったか、アリストテレスが形而上学を発表しなければならなかったか・・・。と言う事を学び、その知識をもって現代起きている問題を見詰めるのが、哲学を学ぶ者の責任と考えます。」と結んだ。
沢田先生は立ち上がり拍手をしてくれた。
補足として、先生は「富山君は、哲学は問題を見つける事と定義したけど、もう一つ付け加えて欲しい。それは実践する事です。
確かに、問題を発見できなければ、何もできない。問題を発見しても行動を起こさなければ、何も解決されない。しかし、その行動と言っても反対の為の行動では、反対される側はガードを固めてしまう。そこで、論理的に、科学的に、また倫理的な裏付けを持って実践しなければならない。」と師事してくれた。
授業が終わった。
教室に留まっている時、沢田先生が信吾の側に来て「君、中々良かったよ・・・。」と言って握手を求めてきた。信吾は恐縮し頭を下げて両手を差し出した。顔を見る事が出来なかった。
沢田先生の「哲学特殊」の成績はAであった。
清水景允
発表時間が来た。
60人程の学生の前での発表である。
沢田先生は、一番前の列に大きな身体を縮める様に席に着いている。
信吾は話し始めた。
「現在、日本は高度経済成長期に差し掛かり、大量に『良い』と思われる製品を私達に提供しています。私達は、その製品が少しでも良いと思われる所があれば、今まで使用していた製品を廃棄して、その製品を買い求めています。
その結果、益々、人、物の流が盛んになり、北海道旭川から東京まで24時間を切る早さで、行き来できる時代になりました。飛行機を利用すれば日帰りで東京での仕事が可能になりました。その意味では、私達の生活は便利で豊かになったと言えるでしょう。
しかし、一方では廃棄された製品がゴミとして野積みされて、そこから流れ出る危険な物質が自然界に溢れています。PCB(ポリ塩化ビフェニル)の混入した電気製品の廃棄、有機水銀の流出、カドミウム汚染、石油コンビナートからの大気汚染物質の排出、もっと恐ろしいのは、大気圏内核実験です・・・。」
信吾は前半、現在の環境破壊の現状を話した。
中段になって、現在の科学技術はその事に対して何も対策をとっていないと訴えるのである。そして、結論として「私達が学ぶ哲学とは、何も、カントがどう言った、ヘーゲルの弁証法はこうだ、と言う事を学ぶものではないと考えます。その時代に、何故カントが純粋理性批判を書かなければならなかったか、アリストテレスが形而上学を発表しなければならなかったか・・・。と言う事を学び、その知識をもって現代起きている問題を見詰めるのが、哲学を学ぶ者の責任と考えます。」と結んだ。
沢田先生は立ち上がり拍手をしてくれた。
補足として、先生は「富山君は、哲学は問題を見つける事と定義したけど、もう一つ付け加えて欲しい。それは実践する事です。
確かに、問題を発見できなければ、何もできない。問題を発見しても行動を起こさなければ、何も解決されない。しかし、その行動と言っても反対の為の行動では、反対される側はガードを固めてしまう。そこで、論理的に、科学的に、また倫理的な裏付けを持って実践しなければならない。」と師事してくれた。
授業が終わった。
教室に留まっている時、沢田先生が信吾の側に来て「君、中々良かったよ・・・。」と言って握手を求めてきた。信吾は恐縮し頭を下げて両手を差し出した。顔を見る事が出来なかった。
沢田先生の「哲学特殊」の成績はAであった。