助手時代 九
                      清水景允

 朝、九時より登山開始。
総勢、約300名の生徒を引率して青年の家から登山を開始した。
フリーである信吾は殿(しんがり)を勤めた。
その日は、ガスが掛り見晴らしが良く無い。
登山のリーダー(青年の家の職員)は、登頂は危険と判断したらしく、中腹の避難小屋まで登ることにした。
それでも、全員を避難小屋まで登らせるのに、3時間はかかる。
避難小屋に殿の信吾達が到着したのは、昼の12時を少し回っていた。
そこで、各自に渡されている昼食を取り、45分間休み午後一時に下山を開始する。今度は信吾達のグループが先頭になり下山した。
途中売店のある広場まで下山して、山の方を観ると、信吾達より遅く下山を開始した生徒達の中に、危険な谷の方に向かっているグループがあった。そのグループの後に続く様に多くの生徒たちが下山しているのが見えた。
信吾は、危険を感じた。
『あのままじゃ、コースを外れ、森林地帯に迷い込んでしまう。
何とか、正規のコースに戻さなければ・・・。』
一緒に生徒を引率し下山していた先生に事情を話し、その先生に生徒達を託し、信吾は、その危険な方向に向かっている生徒たちに、コースを離れていることを知らせるために登山を開始するのであった。
登る速度は速かった。
信吾は、大きな岩の上に上がり、思い切りホイッスルを吹いた。
そのホイッスルの音が先頭を下山している生徒に届いた。
声は届かない。
大きくジェスチャーで知らせなければならない。先頭のホイッスルの音を聞いた生徒に対して信吾は両腕を交差させXのサインを送った。次に右腕を大きく回し迂回する様に指示を出した。そのジェスチャーの意味を理解した生徒は迂回を開始した。その先頭の生徒のグループに続いていた生徒達も迂回をし始め正規のコースに戻すことができたのである。
信吾は考えるのである。
『人間は、ことを達成すると、気の緩みで、その後は安易な方向に知らず知らずに進んでしまう生き物でないだろうか。』ふと、中学校での受験勉強の「松登りの名人」の文章を思い出した。
全員、無事に売店のある広場に下山することが出来た。信吾は、その時はじめて全生徒の前で、一人の先頭の行為が間違っていれば、それに続く者をも危険な方向に導いてしまうことを「松登り名人」の言葉を引用して話をした。
 信吾にとって登山ははじめてであった。
生徒に指示出来るところまで登った時である。
信吾の心の中に、『物事を考えるのに、登山をしている時が良く頭に浮かぶ。また、今日は天候の悪い中の登山ではあったが、途中の景観は言葉に出せない美しさがあった。晴れている時はどんなに美しい景色が見えるのだろう・・・。』と思い浮かべるのである。
 それ以来、信吾は登山をする様になったのである。