助手時代 一
                  清水景允

 帰りのバスの中で実習助手に採用された当時を思い出す信吾であった。
 辞令交付式が、学校長室で行なわれた。
人事異動、新任を含めて総勢七名である。
実習助手である信吾は、教諭の辞令公布の後であるから最後である。
学校長が教育委員会からの辞令証書を読み上げ、各自に手渡す。
信吾は、学生服姿で、その辞令証書を受け取った。
辞令証書には「教育職三等級三号報を給する」と書いてあった。
 信吾は卒業したと言っても、母校の実習助手であるから生徒感覚が抜けない。
理科準備室に戻ると、物理の先生から白衣を渡された。
この白衣は、教育委員会からの支給品であった。
『白衣を着て仕事をするのだ・・・。』
信吾は感無量のものが沸いて来た。
と、言うのも、信吾は白衣を着ての仕事を夢見ていたのである。特に科学の実験をする仕事であった。しかし、研究者に成る為には大学を出なければ成れないと思っていた。
小学生の時、親父が言った言葉をずっと胸に秘めていた。
「勉強をして、屋根の下で机に向かって出来る仕事につけ・・・。」と言う言葉だった。
初めて、白衣に腕を通し、鏡で自分の姿を見た時の風景は、今も鮮明に思い出される。髪の毛は高校生の坊主頭から社会人の頭にするため、少し長く伸びていた。
初めて見る社会人一年生の自分の姿である。
その時、信吾は『随分、白髪が増えたな・・・。まぁ、良いか若白髪だから・・・。』と満足して鏡の中の自分の姿を見入っていた。
 白衣を着て廊下に出た。
すると、事務室の若い女子事務官が信吾の方に向かって「先生・・・。」と言うのである。はじめ、信吾の後ろに先生が居るのだと思い、後ろを振り向いた。
しかし、誰もいない。
更に「先生・・・、富山先生」と名前の下に「先生」と言う言葉をつけて呼ぶのである。
信吾は「僕ですか・・・。」と答えた。
事務官は「そうですよ。辞令交付が終われば富山さんは、この学校の先生ですから・・・。
ところで、お渡しするものがあります。印鑑を持って事務室に来て下さい。」と言うのである。
物理の先生から辞令交付日から印鑑を必ず持参するようにと言われていた。
事務室に入った。「おっ・・・。新米先生」。
この学校の入学試験前日、学校の下見に訪れた時、校舎を案内してくれた事務官である。今は事務長に昇任していた。
事務長は、信吾に公務員誓約書および、教員服務規程書を渡しサイン捺印を要求した。
それから、準備していた文房具一色を事務官に命じ渡してくれた。
学校は、まだ春休みで廊下は静かであった。
 それにしても、学生服のままじゃ生徒と間違えられる。
明日からは学生服を止めて、私服で登校しようと考えるのであるが、これと言った私服は持っていなかった。『まぁ、良いか・・・。新学期まで少し日数がある。それまでになんとかすれば良い。』と信吾は考えのである。
この様にして学生服新米先生の第一歩がはじまるのである。