中学時代 一
清水景允
富山信吾は中学生になっていた。
中学校では、いじめは無くなっていたが、信吾は友達の中に入らなかった。小学生の時の一人で過ごすことに何の抵抗も感じることなく、そのまま中学生になったのである。何よりも、一人で物事を考え込むことが身に付いていた。さらに、信吾には学校が終わると家事とアルバイトが待っている。
信吾は中学校に進学してからアルバイトをする様になった。
夏場のアルバイトは、細木(ささぎ 樹皮をはぎ取った細木を天火の下で刈り取った稲を乾燥させるための稲干し棚を作る材料)を、手斧(ちょうな)を使用して樹皮を剥ぎ取るのである。
細木の太さは、十センチから十五センチ位で、長さが五メートルら七メートル位である。一本剥くのに信吾の力では十五分から二十分かかる。一本五円である。学校から帰って夕食の支度まで続けるのであるから、十本が良いところであった。
それでも、学校が終わってから五十円程の現金がもらえるのである。そのお金は学費に使った。
冬は細木の皮剥きは無い。アルバイトは出来ない。
信吾の家は国鉄の鉄路(JR)脇にあった。
そこで、信吾は手かごを持ち鉄路の脇を、蒸気機関車が落とす石炭を拾うのである。また、駅に貯炭場がある。運送会社が、その石炭を運び去った後に石炭の残滓が出る、それを拾い集め家庭の燃料の足しとしていた。
二年生になってからのアルバイトは皮剥から、親父が運送会社の人足をしていたので、学校が長期の休みになると、親父と共に貨物列車からの荷の上げ下ろしをするようになっていた。その大部分の仕事は、貯炭場に石炭を貨車から降ろす作業であった。
信吾の住む小さな町(東旭川)の冬の燃料は石炭が主で、その町の駅に『トラ』言う三十トン積みの貨車で石炭が入って来る。それを降ろすのである。
大体、運送会社の人足二人一組になって一時間位で降ろすのである。
信吾は、その一員になっていた。
例の勝ち気な信吾は、大人の中に入って一緒になって石炭降ろしをするのだが、人足には負けてしまう。それが悔しく、どのようにしたら負けずに石炭を降ろせるか、人足の石炭の降ろし方を観察した。
人足は、スコップにたっぷりと石炭を入れ降ろすのである。信吾は初め、足元から降ろしていたが、人足は上の方から石炭を崩すようにスコップに石炭をいれ、石炭の上を滑らすように降ろすのである。
信吾はそれを見て、真似をしてみた。
確かに石炭の上を、スコップに一杯に石炭を乗せ滑らして降ろすのだから、力はそれほどいらない。しかも、早くスコップを運ぶことが出来る。
信吾は『作業をするには、要領がある・・・。』身を以て体験したのである。
その時、人足の一人が「信吾、何でそんなに一所懸命に降ろすのだ・・・。適当にやれば良いのだ・・・。」と言うのである。
『仕事を適当にやって良いのか・・・。』
信吾は不思議に思った。
しかし、後になってその意味が分かった。
『一生懸命に仕事をすることは良いことである。しかし、身体を壊してまで仕事をすると、自分が辛い思いをするだけでなく、パートナーを組んでいる人にも迷惑をかけてしまう。つまり、会社そのものに迷惑をかけてしまうことになる・・・。適当にと言うことは、身体を壊さないように・・・。といことでないか・・・。』
それから、信吾は疲れが出る前に一休みをしながら石炭降ろしを行なうようになり、結果的には人足並みに仕事が出来るようになっていくのである。
運送会社のアルバイト料は良かった。そのアルバイト料で中学校の修学旅行に行くための貯金としたのである。
清水景允
富山信吾は中学生になっていた。
中学校では、いじめは無くなっていたが、信吾は友達の中に入らなかった。小学生の時の一人で過ごすことに何の抵抗も感じることなく、そのまま中学生になったのである。何よりも、一人で物事を考え込むことが身に付いていた。さらに、信吾には学校が終わると家事とアルバイトが待っている。
信吾は中学校に進学してからアルバイトをする様になった。
夏場のアルバイトは、細木(ささぎ 樹皮をはぎ取った細木を天火の下で刈り取った稲を乾燥させるための稲干し棚を作る材料)を、手斧(ちょうな)を使用して樹皮を剥ぎ取るのである。
細木の太さは、十センチから十五センチ位で、長さが五メートルら七メートル位である。一本剥くのに信吾の力では十五分から二十分かかる。一本五円である。学校から帰って夕食の支度まで続けるのであるから、十本が良いところであった。
それでも、学校が終わってから五十円程の現金がもらえるのである。そのお金は学費に使った。
冬は細木の皮剥きは無い。アルバイトは出来ない。
信吾の家は国鉄の鉄路(JR)脇にあった。
そこで、信吾は手かごを持ち鉄路の脇を、蒸気機関車が落とす石炭を拾うのである。また、駅に貯炭場がある。運送会社が、その石炭を運び去った後に石炭の残滓が出る、それを拾い集め家庭の燃料の足しとしていた。
二年生になってからのアルバイトは皮剥から、親父が運送会社の人足をしていたので、学校が長期の休みになると、親父と共に貨物列車からの荷の上げ下ろしをするようになっていた。その大部分の仕事は、貯炭場に石炭を貨車から降ろす作業であった。
信吾の住む小さな町(東旭川)の冬の燃料は石炭が主で、その町の駅に『トラ』言う三十トン積みの貨車で石炭が入って来る。それを降ろすのである。
大体、運送会社の人足二人一組になって一時間位で降ろすのである。
信吾は、その一員になっていた。
例の勝ち気な信吾は、大人の中に入って一緒になって石炭降ろしをするのだが、人足には負けてしまう。それが悔しく、どのようにしたら負けずに石炭を降ろせるか、人足の石炭の降ろし方を観察した。
人足は、スコップにたっぷりと石炭を入れ降ろすのである。信吾は初め、足元から降ろしていたが、人足は上の方から石炭を崩すようにスコップに石炭をいれ、石炭の上を滑らすように降ろすのである。
信吾はそれを見て、真似をしてみた。
確かに石炭の上を、スコップに一杯に石炭を乗せ滑らして降ろすのだから、力はそれほどいらない。しかも、早くスコップを運ぶことが出来る。
信吾は『作業をするには、要領がある・・・。』身を以て体験したのである。
その時、人足の一人が「信吾、何でそんなに一所懸命に降ろすのだ・・・。適当にやれば良いのだ・・・。」と言うのである。
『仕事を適当にやって良いのか・・・。』
信吾は不思議に思った。
しかし、後になってその意味が分かった。
『一生懸命に仕事をすることは良いことである。しかし、身体を壊してまで仕事をすると、自分が辛い思いをするだけでなく、パートナーを組んでいる人にも迷惑をかけてしまう。つまり、会社そのものに迷惑をかけてしまうことになる・・・。適当にと言うことは、身体を壊さないように・・・。といことでないか・・・。』
それから、信吾は疲れが出る前に一休みをしながら石炭降ろしを行なうようになり、結果的には人足並みに仕事が出来るようになっていくのである。
運送会社のアルバイト料は良かった。そのアルバイト料で中学校の修学旅行に行くための貯金としたのである。