一の4   小学生時代
                     清水景允

 舟の形が出来上がった。
家の近くに小川がある。そこに持って行き浮かべてみた。
浮かぶには浮かぶが、どうもイメージとは違う。
信吾の舟のイメージは水を切って進む姿であった。
エンジンが無いから走らない。
エンジンは小型のモータをつければ良い。しかし、小型のモータを買ってくれなんてとても言えない。
 信吾は考えた。『そうだ、舟に帆をつければ良いのだ・・・。』
それからは、どのようにして舟に帆をつけるか考えた。
幼い時、親父が帆を張った和船の絵を描いてくれたことを思い出し、その絵のイメージ通りに舟の真中に帆柱を立てることにした。
しかし、どのようにして帆柱を立てるか・・・。
穴をあけて、そこに帆柱を差し込めば良い。どのようにして穴を開けるか・・・。
錐と言う道具がある。そんな道具は家にはない。
そこで、考えだしたのが割り箸一本分の太さの釘で穴を開けることである。
その釘を金槌で打ち込んで穴をあけた・・・。
すると、その舟は割れてしまった。
『しまった・・・。』出刃包丁で削って作った舟が一瞬で木の木っ端になってしまった。
信吾は諦めなかった。
また、木片を出刃包丁で削りだすのであった。そして、また、釘で穴を開けるところまで仕上がった。
『今度はどうしようか・・・。』
釘の先端が錐のように尖っている。
『そうだ・・・、釘を錐のようにして使えば良いのだ・・・』
信吾は釘の頭にぼろ切れを巻き付け、それを握り根気強く右に左に回し始めた。
信吾は、お袋から常に言われていた事がある。
「三日坊主で終わったら、決して偉い人になれないよ・・・。」
学校から帰って堀建小屋に籠り、何日か経って目的の穴の大きさ、深さに穴が掘れた。『よし・・・。出来た。』信吾は一人呟いた。
帆柱は前の舟を作るとき出刃包丁で削って作ってある。それを刺しこんだ。

 帆になる白い布をお袋から出してもらった。
この頃になると、親は信吾が掘建小屋に籠り、舟を作っているのを知っていた。
お袋は「舟を作るのも良いけど、母さんが居ないとき(夕食の準備が出来ないとき)妹達の晩ご飯を作ってやってね・・・。」と言われた。
 信吾には二人の妹が居た。一人は小学校三年生、もう一人は来年小学校へ入学だ・・・。その二人の面倒を見なければならない。
舟ばかり作っている訳には行かない。
夕飯の支度をすると言ってもご馳走を作る訳ではない。
だた、朝飯の残りに漬け物を切り、吸い物は裏に小さな畑があるからそこから芋を掘り出し、みそ汁の中に刻み込むだけである。畑作が出来ない冬は、秋口に冬支度で芋、キャベツ、白菜など雪の下に保存してある。それを掘り出しみそ汁の中に入れた。
魚は、川で釣って来た、ウグイを干してある。それを、みそ汁の中にいれて味をつけるだけである。
あの味は今でも忘れることが出来ない。