大雪山 
                             清水 景允

      一  小学生時代

 朝六時、北海道で一番標高の高いところにある温泉宿の表戸を開けた。
雪は降っていない。風もない。
玄関の正面に立つ蝦夷松の下の方が玄関の裸電球の光に照らされ、枝に積もった雪の重みで、その枝が下の方に垂れ下がっているのを暗闇の中に微かに目に入る。
  雪綿の
    重さを気にする
          松の枝
蝦夷松の上の方は星が輝く空に吸い込まれている。
雪が降っていない分、吐く吐息が裸電球の光を白く包んでいた。
 『少しウオーミングアップして・・・。』
と、信吾は身体を動かしはじめた。
山スキーには、昨晩シールを貼ってある。
 今日の登山は安政火口までの短いコースである。しかし、そこは冬山・・・。特に安政火口付近は雪崩が頻繁に起きている。
 暗闇の中、ストックを雪にとられながら一歩一歩スキーを滑らし登り始める。
聞こえるのは、ストックが雪を刺すギュー、ギューと言う音と、スキーを滑らすザーザーと言う音だけである。
立ち止まり、呼吸を整える。
聞こえてくる音は全くない。無音の世界である。もし音を感じるなら自分の鼓動だけである。
 少し明るくなり、右側の山肌が見えて来た。
 一歩スキーを進めるごとに、呼吸を整えなければならない雪の急斜面に差し掛かった。
 谷の向こう側の山肌に生える岳樺の枝に着床している樹氷に、朝日が当たり白く輝くのを見えて来た。朝日の当たらないところの岳樺の木々は、薄墨で描いた墨絵のように無彩色の世界に溶け込んでいる。
『美しい・・・。』一人呟きシャッターを切った。

 富山信吾は母校、工業高校の実習助手を勤め五年になる。信吾は、工業高校を卒業して直ちに実習助手として母校に勤めるのであるが、信吾は、時間を見つけてはカメラを手に、一人登山をするのが唯一の楽しみであった。
 実習助手の仕事は、教諭に言われるまま実験器具の準備、及びその実験を担当し直接生徒にはかかわらない。
言ってみれば、生徒と接しない分、自分の時間が持てる。