~人は、誰かにとっての登場人物である~ -9ページ目

~人は、誰かにとっての登場人物である~

不動産会社勤務。仕事中にアパートの孤独死に触れ、
「人は、だれかに影響できる」というシンプルな事実に気付きました。仕事や家庭、その他、登場人物としての日常を、気づきとともに綴ります。



思ったように
生きられなくて
もどかしい毎日

好きなことさえ
好きなようにできなくて

気がついたら
自分へのハードルを
高く高く
見上げるようにして

もう
首が疲れてしまった


でも
空ばかり見ていたら
足元の地面は
蹴れないんだ

僕はここにいる
それを認めないと
ここから
ジャンプできないんだ



認める
僕は今
地べたで空を見ている

そして
素敵な翼を
背中に一対
生やしていることも



優しくなりたい

甘えではなく
優しくなりたい

小さな石ころの分だけ
足を上げて進むことを

弱った跳躍力の分だけ
太陽へジャンプすることを

自分へのハードルを
とても小さくしてあげるんだ


一生
空を見上げて過ごすなんて



一昨日来やがれ



僕は今ここにいる



弱い自分よ
そこからジャンプしろ!


昔から
そうだった

人々がなぜ
それに興じているのか
理解できずにいた


ただ
生きることにのみ
興味があった


窓辺から
空に住む妄想を眺め

いかにも俗っぽい
他愛ないものたちと見比べ

奇妙な箱に映る
人工ドラマよりも

雲が見せる
連続ドラマの方を
始終愛した


人間が作りたもうた
笑い話よりも

家路に咲く
真っ赤な夕焼けに抱かれた


円盤から流れる
乱暴な音楽よりも

廊下に吹き抜ける
風の音を許容した


野道の花は
いつも良き友人となり

季節の移ろいは
いつも肌に優しく触れた




天より注ぐ
光に惹かれ

明かり

闇夜に張り付く
明かりに
明け暮れた


今となっては
より
天上に近い
音を確かめながら

指先に馴染みの良い
世界に恋をして





涙と鳥肌の

源流へ上るべく



空色の小石で


天に昇る
梯子を中空に刻む日々



胸の中に
絶えず鳴り響く

創世のベルが

花柄のカーテンのように
包み込む日を
愛してやまない


ただ
そのようにしてのみ

世界を
創り続けている

いずれまた
空に拡散する

高らかな音色が
人々を朗らかにすることを

心に一掴みの砂のように
信じながら


生きている
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昼前から豊島に一人旅をしてきた。

フェリーの甲板に吹き抜ける風。

美しい波のきらめきに、
自然と笑みがこぼれる。

瀬戸内の島々、
波間にきらめく太陽の光、
旗を掲げ、停泊する漁船。

岩肌も露な島々、

すべてが美しく、
心に染み込んでくる。


この島に来て
何を感じたろうか。

まずは島特有とも言える
のどけさ、静けさ、穏やかな時が心に染みた。

そして今日は天気も良く、
雲ひとつない快晴が
終始微笑んでいた。

アートを見に来たのか?
自然を見に来たのか?

答えは両方だけど
そんな問いかけを自分にしたくなるほど、
この島全体が自然と溶け合い、
調和した暮らしのもとに息づいていた。

それは頭で考えることとは別に
この島、豊島からの自分へのメッセージだったのかもしれない。

とにかく心がOFFになった一日だった。

島にいる間
他の色々のこと全てが
一瞬足りとも頭をよぎることなく

ただ
“今ここ“にいる自分を体感し続けた。

それは自分にとって
とても意義のあることだったと思う。


何がそこまで心を惹き付け、
そうさせたのか?

それは決してきらびやかじゃない、

だけど、とても大切な素朴さだ。

島へ旅すると、街中にいる時と違って
どこを歩いても
“生活”を意識せざるをえない。


“生活”すなわち
“生命の営み”

それは人間が何をするよりも先だって
普遍的に世の中に存在しているもの。


そして、そんな島に見事なまでに調和した数々のアートを見て思った。

アートは単なる文化でも芸術作品でもない。

そのいずれもが、
限りなく生命の在り方、
そして創る者の生活に根差したものなんじゃないか。

自分の人生と全く関わりのないところで、
ポンと生まれてくるアートなど
ないんじゃないか。


パン屋がパンを焼くように、
農家が畑を耕し作物を育てるのと同じように、

アーティストもアートを通して
生命の営みを表現している。

豊島美術館も、塩田氏、内藤氏、森氏のいずれもが、
作品を通して、
生きていること、生活していること、

命、などを表現している。



“生活感”と
“自然との調和“

少し距離を感じていたアートというものが、

身近なものとして自分の中に再構築された。


世界にアーティストが生まれ続ける理由はここにある。

“一人の人間のあるひとつの生活“
を通して見えてくる生き方や、生命の営みを現したものという一面がアートにはある。


パン屋がパンを焼くように
アーティストは生活を表現している。



得るもの多き島の旅だった。


今日出会えた全ての空や景色、
道すがらの旅人の会話の内容、
声をかけてくれた美術館のスタッフの方



あらゆる存在に感謝したい。


素晴らしい一日をありがとう。