~人は、誰かにとっての登場人物である~

~人は、誰かにとっての登場人物である~

不動産会社勤務。仕事中にアパートの孤独死に触れ、
「人は、だれかに影響できる」というシンプルな事実に気付きました。仕事や家庭、その他、登場人物としての日常を、気づきとともに綴ります。

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再び玄関ドアを開け、

靴を脱いで室内に入りました。

キッチンから洋間へ続くドアは、先ほど開けっ放しにしてありました。
 
「その人」は相変わらず暗がりの中で倒れていました。
 
足が窓側、頭が部屋の入り口側、
僕から見て左下に顔を向けて、背中を右上に、
仰向けから左に倒れたような恰好ですが、ほぼうつぶせの状態です。
 
部屋の入り口から一歩室内に入ったところで、立ったまま覗き込むようにして、
僕は目を凝らしました。
背中が上下しているかどうかを確認するためです。
 
背中が上下している様子はありませんでした。
 
「呼吸は、してないようです」
 
「わかりました」
救急隊員は電話の向こうで続けます。
 
「心臓マッサージはできますか」
 
「え...ああ」
 
「やり方はわかりますか」
 
「わ、わかりません」
 
「まず患者を仰向けにして下さい。できますか?」
 
「は、はい」
 
「仰向けにしたら乳首と乳首を結んだ線の真ん中を両手で約5センチ沈むくらい、圧迫して下さい。それを1秒に1回のペースで、救急に引き継ぐまで続けてください。できそうですか?」
 
「や、やってみます」
 
「すぐに救急が到着しますので、それまでお願いします」
 
通話はここで終了。
 
 
僕は電話を切ってからようやく、
意を決して、その人の傍らにしゃがみこみました。
 
うつ伏せになったその人の背中に、そっと手のひらを当ててみました。
 
「すいませーん」
 
半ば魂の抜けかけた声だったように思います。
返事がないのを分かっていたからです。
 
 
(硬い……)
 
それが最初に頭に浮かんだ言葉でした。
 
そして、その感触はまるで、土のう袋を触っているようでした。
 
それは人間の背中であるにも関わらず。
 
そしてぼくは何もできないまま、
 
一人で葛藤していました。
 
(同じ人間なのに、触りたくない……でも生きてれば平気なんだろうな。何が違うんだろう。同じ人間なのに。
そもそもこの状況で見捨てるなんてことはできない。救急が来るまで、形だけでもここにいなきゃ)
 
見栄です。
 
人にどう見られるかを、
僕は意識してしまったことが恥ずかしいです。
 
 
 
「あの部屋じゃー!ドアが開いとる」
 
やがて救急隊員が駆けつけ、
 
僕はようやく解放されたのですが……
 
 
つづく
室内は昼の12時だというのに真っ暗でした。

玄関を開けてすぐ左斜め前に見えた流し台の上の蛍光灯だけが、黄色く灯っていました。

(いる……)

右側はトイレとお風呂へ続く脱衣場への扉でした。
しかし、そこは素通りし、

居室へと続くドアの前まで、
ゆっくりと、足を進めました。

途中流し台の上に、

短くなったタバコの吸い殻が一本だけ、

丁寧に置かれてありました。

キッチンと居室を仕切る間境のドアは、一部がすりガラスになっています。

室内にも光は見えず、カーテンを閉め切っているようでした。


(開けるか……)


ゆっくりとドアノブに手をかけ、

レバーを下に下げると、手前にドアを開きました。

カチャ……


「失礼しまーす……」

部屋は縦長で、7帖程の広さがありましたが、部屋の右奥に幅広のベッドが置かれ、見た目に半分ほどのスペースを占領していました。

(ベッドには誰も居ない。

やっぱり入院してたんかな)


と、思いながら床に視線を移すと、ベッドの脇の窓のそばにうっすらと、肌色の足の甲のようなものが2つ、
ぼんやりと見えました。

暗がりの中で床をじっと見つめると、

どうやら人間がうつ伏せに倒れているようでした。
後頭部が、部屋の入り口に近い側にあるようでした。

(人?人か?あれは、後頭部。……死んでるな、どうしよう……)


とっさにそれが人であり、亡くなっていると判断したのは、

これまでの経緯からだったのだと思います。


僕はすぐに部屋を出ました。

(とりあえず家主さんに報告しなきゃ)


裏の家主さんに報告後、
警察へ電話をしました。

「安否確認をお願いします」

「場所はどちらですか」

「○○区○○の○○アパートです」

「分かりました。すぐ、警察官を向かわせます」

(ほっ)

としたのもつかの間、すぐに警察から折り返しがありました。

「すみません、通報者の方、現地から119番通報もお願いできますか?」

「あ、はい、分かりました」

(おいおいおいおい……)

「火事ですか、救急ですか」

「救急です」

「場所はどちらですか」

「○○区○○の○○アパートです」

「どのような状態ですか?」

「部屋の中でうつ伏せに倒れられています」

「呼吸はしていますか?」

ドキリとしました。

その時僕は部屋の外にいたからです。

もう、見たくなかったのです。

しかし、再び入らざるを得ませんでした。



次回へつづく




不動産管理会社に勤務しています。

 

ある1月の終わり、アパートの家主様から電話がありました。

 

「102号室の人なんだけど、年末から家賃が入ってないの。

もうすぐ2月じゃない。」

 

「そうですね」

 

「ちょっと連絡してみてもらいたいの」

 

「かしこまりました」

 

「それとね……新聞がドアノブに溜まってるらしいのよ」

 

「そうですか……」

 

「とりあえず連絡してみてくれる?」

 

「かしこまりました」

 

その後すぐに、僕は入居者へ電話連絡をしました。

しかし、電話は鳴るものの、出る様子はありません。

 

「病院にでも入院してるんじゃないの」

「どこかに行ってるんじゃないの」

など、管理部内では憶測が飛び交いました。

 

「今日は行って出てこんかったら鍵開けて」

 

「分かりました」

 

普段は警察立会いで鍵を開けるのですが、

家主さんの許可もあり、

僕が1人で開けることになりました。

 

外回りの用事を終わらせてアパートに着きました。

 

そのアパートは古く

今時のモニターホンなどはありません。

 

ドア横の壁に、小さなチャイムのボタンが付いているだけでした。

 

(結構新聞溜まってるな……)

 

ドアノブには、透明な手さげのビニール袋に1週間分ほどの新聞が溜まっており、

さらに地面にまで束になっていました。

 

 

僕はその小さなボタンをそっと指で押しました、が

中で音がした様子はありませんでした。

 

(電池切れかな……)

 

コン、コン。

 

「○○さーん、お世話になりまーす!」

 

(やっぱり返事がない、か。)

 

 

開けるか。

 

開けるしかないよな。

 

 

開けよう。

 

 

裏の家主さんに借りて、握っていた鍵。

 

そのドアは握り玉と呼ばれる、

円柱形のドアノブを握って回すタイプのもので、鍵穴がドアノブについていました。

 

鍵穴にゆっくりと差し込みました。

 

もう一度ノック

 

コンコン、コンコン

 

「開けますよー」

 

僕は腹から声が出ていませんでした。

 

 

 

僕はドアを正面にして左手側についたドアノブを右手で持ち、

右半身を前にして半身の姿勢になりました。

 

少し仰け反り気味で、

 

いつでも逃げられるように、体勢を整えてから

 

そっとドアを開けました

 

カチャ……

 

 

すると……