●交通事情の変化

 鉄道が全国津々浦々で人々の移動手段として競争力を持っていた時代は「遥か昔」のこととなった。

 ここ40年ほどの間に、主要な高速道路網が整備され、私の場合、片道500km程度までの旅行なら、新幹線沿いを除いて鉄道を使うことは殆ど無くなった。

 これを便利になったというか、或いは味気なくなったというか・・・


 「鉄ちゃんたちの目眩く喜びや鉄道への思い入れ」を殆ど理解できない私だけれど、それでも懐かしく思う路線はある。


 それは楽しかった思い出であったり、また二度と見たり体験したりすることができないものだったり。



1 昭和50年代の先輩の思い出
(1)名古屋から天王寺まで(未達成)
   1案 普通(夜行)(DF50、10系客車)
    2案 特急くろしお(キハ82系)

(2)名古屋から三重県某町
   急行キハ58系、途中で普通キハ20系に乗り換え






2 昭和50年代から60年頃までのスキー場通い
(1)志賀高原
   ア 名古屋から長野
     夜行急行ちくま(EF64、10系客車)
   イ 長野から湯田中は長野電鉄
   *復路は夜行急行きそ
         
(2)戸狩・野沢温泉
   ア 往路
     名古屋から長野
      夜行急行きそ(EF64 、 10系客車)
      長野から戸狩は普通(キハ20系、キハ40)
   イ 復路
     戸狩から長野
      普通(キハ20系、キハ40)
      長野から名古屋は特急しなの(381系)

      *逆に往路(名古屋から長野)を特急しなの(381系)、復路を夜行急行きそ(EF64 、10系客車)としたこともあった。



*車両の種類、型式は私がそう思い込んでいるだけなので、事実と違うかもしれない。




 私がスキー場通いを始めた大学生の頃は中央自動車道が「伊北IC」までしか繋がっていない時代。

 なので、雪深い長野県北部のスキー場まで車で行くのはしんどかった。


 一方、行程がやや短い大糸線沿線のスキー場へは夜行列車が使いにくかったので車で行くことが殆どだった。


 スキー場通いを繰り返しているうちに、

 中央自動車道全線開通
      ↓
 長野自動車道全線開通
      ↓
 上信越自動車全線開通

 次第に高速道路網の整備が進み、平成に入ってからの長野・山梨・北陸への旅行(スキー、登山含む)は車利用ばかりとなってしまった。



●模型車両を収集してみた

 思い出の鉄道の模型車両の収集をこの2ヶ月間ほど試みてきた。

 目当ての模型車両を探していた間、生産終了となっているものが多いのに驚いた。


 鉄道模型店に並んでいる車両は、「私の知らない新しい時代のもの」か、あるいは「よく知ってはいても仕事の嫌なことを思い出させる通勤電車や新幹線」ばかり。


 私にとって郷愁を誘うような「中途半端に古い時代の車両」はあまり店舗に置いてない。
 

 模型メーカーのサイトを見ると、マーケットの規模を考えれば当たり前だけれど、ほぼ全ての商品が「限定的に生産」されるので、メーカーの生産販売計画を調べて、予約しないと手に入れにくいことがわかった。

 すぐに欲しい場合は「流通在庫」を探す必要がある。

 いろいろ調べてみたが、程度についてリスクはあるものの、ヤフオクで中古品を探して買う方が結局は手間がかからない。(安いし・・)

 とはいえヤフオクでも程度の良い人気のモデルはけっこうな高値で売買されている。



●考え過ぎかなあ

 ヤフオクでは、鉄道模型趣味をやめてコレクションを自ら放出する人もいるけれど、買取業者が(本人・家族・遺族が一括処分したものを)販売していることもある。

 買取業者が扱っているもののうち、高齢の方々が好んでいそうな旧式客車や蒸気機関車、昔の電気機関車の模型が出品されているのを見ると、せつない。

 「モノ」は所有している人が生きている間、その人が責任を持って預かっている。

 その人が亡くなったら、次の人が引き継ぐ。
 「有価物」であっても「ガラクタ」であっても・・・



●収集癖は世間の迷惑だろうね、たぶん

 思い出したこと・・・

 昨年、友人の家で飛行機の趣味談義をしていたら、友人の奥さんが話に割り込んできた。

奥さん:
 「主人が亡くなったら、これらを全部引き取ってもらえます?」

私:
 「いやいや、私の方が1歳年上なので、私の方が早く死にます。だからまず先に私のコレクションを形見分けとして、ご主人に差し上げます。」