以前、構築したOrangePiによる自宅サーバは安定して運用できていることだし、そろそろ次の工作を始めたい。
  
  
  
  
<物語(記憶の再確認)>
  

M先輩は都市部から離れた支線沿いの小さな町から大学に通っていた。
  
電化されていないのでキハ系列の気動車に乗る。

だから電車通学ではなく気動車通学とのこと。
  
気動車? 

なんだそれ? 

と思った。

よく考えると自分自身も高校時代に劔岳に行くのに富山経由で立山に入ったし、槍・穂高に行くのに新穂高側から入ったことがあることから、高山本線の気動車に乗ったことがあったはず。
  
当時、私は電車と気動車の違いが解っていなかった。

  

お正月にM先輩から「家においで」と言われた。

私は実家に戻っていたので、名古屋経由で先輩の家に向かった。

その時、関西本線・紀勢線の気動車に乗った。
  
  
名古屋始発の急行。

車体がベージュ色、窓枠部分がオレンジ色の2トーンだったので恐らくキハ58。
(現在は名古屋ー亀山間は電化されているとのこと)
  
途中で普通列車に乗り換える。

記憶は曖昧だが普通列車は全体がオレンジ色だったような気がする。
  


M先輩の実家は旧街道の宿場町。

その町は当時は開発に取り残され寂れていくばかりで、ある程度残っていた古い町並みが無造作に現代風に改変されつつあった。

当時は「どんなに陳腐で安っぽくても新しければなんでも良い」という風潮が日本中に蔓延していた時代で、いわゆる「ナウの時代」の真っ最中。

今は古い建造物を地域の活性化に繋げつつある。結構なことだと思う。




さてM先輩からは「天王寺までぐるっと回ろう」とか「琵琶湖の周りを列車で巡ろう」とか誘われた。

こんなプランの提案はM先輩の父親が国鉄職員で鉄道好きだったせいなのかもしれない。

しかし、色々なことがあって結局実現出来ず、やがて卒業したM先輩とは疎遠になっていった。  


  

大学時代の終盤、私はスキーに入れ込むようになった。

ゲレンデの規模が大きくて宿泊費の手頃な野沢や戸狩が好み。

野沢温泉は今でも好きだ。


  
  
戸狩野沢温泉駅(昔の駅名は戸狩駅)への行程は、

名古屋ー長野間は「特急しなの」か、

今は無いが、夜行で行くなら、電気機関車(EF62)に牽引された10系の軽量客車で編成された「急行きそ」。
  
長野から北の飯山線は非電化なので「気動車」に乗り換える。

たぶんキハ17とかキハ20なのかな?
  
長野駅で気動車のエンジン音を聞いたとき、M先輩がどうしているのか気になったことは鮮明に覚えている。
(M先輩は地元で教員となり元気に暮らしていることを2004年に偶然知った。)  



  
あれから随分歳月が過ぎた。
  
私は相変わらず「鉄ちゃん」ではない。

鉄道マニアの世界はあまりに深く、私にはとうてい覚えられない。




けれど、思い出をNゲージのジオラマ(鉄道模型レイアウト)の形にすることを試みたいと今は思っている。

知識や技術はないが、ぐぐると結構色々な情報が手に入るのでなんとかなると思う。

  

  
<設定(案)>

1970年代後半、旧国鉄、非電化路線(関西本線ー紀勢線、飯山線)、単線、田舎、古い町並み、森林、農地

 

こんな設定で行こう。