ファイナル・デッドコースターという映画を見た。
ファイナル・デッドコースター


次々と凄惨な事故が起こる映画。

暇つぶしにはちょうどいい映画なので、見て損はない。

映画や小説を作るときは、結論を先に作るのか、シチュエーションを先に作るのか。
たとえば、超能力で火を噴ける少年がテロリストを退治するという話の場合、

「テロリストを退治する話を作ろう!」
「どうせならスカッと退治しよう!」
「だったら子供が退治するというのはどうだろう?」
「子供が火を噴くなんてのも非現実的で楽しめるかも!!」

といった具合なのか

「子供が火を噴いたら面白いと思った!」
「それで大人をオロオロさせると子供っぽい」
「フツーの大人ではなくて悪モンだったら何してもいい!」
「なら、テロリストを退治する話を作ろう!」

という具合なのか。
なんとなく、後者の場合結末が破綻すると思われる。
やりたい事が

「子供が火を噴く」

だからだ。
後はどうなってもかまわない。

でも、前者の

「テロリストを退治する」

が主題なら、途中がめちゃくちゃでも結末にはたどり着く。
そう考えると、映画結末分類というのができそうだ。
かなり乱暴に考えてみると、

・最後はラスボスと殴り合い
という映画の場合、途中経過はほとんどマニュアル化されていて、
出演者は誰で、監督は誰かが焦点となる。

・最後は恋人とキス
・最後は大爆発
・最後は続くかのように終わる
これらは、上と同じ

・最後は主人公が死ぬ
・最後は犯人が明らかになる
これだと、「衝撃のラスト!絶対人には話さないでね」というおまけがつく事が多い。サム・ライミだったけか。シックスセンスの監督が得意。

・最後は友達と別れる
友達が人間でない場合に多い。友情映画でも良く見られる。

・最後まで理解できない
フランス映画に多い。どうやって作っているのかまるでわからない。

他にもありそうだけど、思いつくのはこれくらい。
映画を見た後なので映画よりになっているが、小説や漫画でもこんな感じなのではないか。
意外な結末や新しい分野を開拓するなら、この点に気をつければいいと思った。
そして、結末から先に考えるべきだ。