無意識的に行動している。
朝起きて小便して、顔洗って、飯くって、着替えて、ウンコして、家を出る。
朝の出来事は毎日同じ事だけど、意識的に行っている事だ。
無意識の行動は少し違う。
電車に乗り換えるとき、何処行きの電車か見ずに乗るようになったあたりから、乗り換えているときの記憶が無い。
本を読んだり、音楽を聴いたりしているときは、その事に意識が向くので、体が行っている事は脊髄に任せているのだ。
だからといって、意識がヒマなときに意識的に乗り換えているのかと言うと、そうでもない。
考えてみると、電車に乗っているときに、すでに意識が無い。
どのタイミングで、意識不明になっているのだろうか。
家を出る瞬間は、意識的だ。
ポッドキャストで落語を聴こうと、歩きながらアレコレやるのも意識的。
しかし、この時に意識はイヤホンを耳につける事に集中するため、体と意識が離れているのだ。
朝の通勤だけを取り上げると、どこで意識不明になるのか分かるのだが、日常のどの瞬間に意識不明になるか、いろいろ調べれば、集中のタイミングが分かるのではないか。
脊髄にいろいろ任せている時、外的要因で狂ってしまう事も恐ろしい。
例えば、乗り換えのときのいつものホームが、反対行きにコッソリ変わってしまったとしたら、間違いなくひっかかってしまうだろう。
意識と無意識の境目を意識的に把握する事ができれば、世の中をコントロールできるかもね。