人は誰でも主張があると思う。
最後の授業という素晴らしい記録がある。
死を宣告された大学教授が最後に伝えたい事を、授業したという記録。
これは素晴らしいし、うらやましい話だ。
だが、もしその機会を与えられたとして、いったいどれくらいの人がそんな授業が出来るだろうか。
やはり、資格というのがあるのだ。
そこで、僕は考えた。
これは、遺書だ。
公開遺書として、誰でもその機会をもてないだろうかと。
インターネットを使って、公開遺書サービスを始めたらどうだろう。
IDは、一人一つ。
かける内容も一回だけ。
訂正はOK。
1ページだけのブログを持つような感じだ。
そんなサービスはどうだろう。