1940年2月2日「反軍演説」をかいつまんで(中央公論より抜粋) | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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中央公論1月号を読むまで斎藤隆夫の名前も「反軍演説」の存在も知りませんでした。
時は日米開戦1年前、日本国内は国民あげての戦争モード。
全体主義に抗うかのような齋藤氏の政治生命をかけた国会演説。
あまりにけしからんということで演説内容の半分以上は記録から削除されてて
いまでは書籍で全文読めるようですが、戦後からかなり経ったにも関わらず
国会記録は削除されたまま、名誉の回復もいまだ叶わずってところのようです。
この掲載文でちょっと興味を持って「図書館のどこかにあるんじゃね?」で調べてみようかと。

ということで、ほんのチコっとではありますが、チコっと””でも興味持ってくれたらなと考え
”チコっとだけ”紹介したいなと。では参ります、↓


1940年2月2日、問題となる「反軍演説」が行われた。
それは、政府の戦争方針に対する厳しい追求であった。
演壇に起った斎藤隆夫は「百万二百万の将兵諸士や
国民の「生命、自由、財産その他一切の犠牲」は口舌に尽くせないと前置きし
演説は確信に迫る。

「世界の歴史は全く戦争の歴史である」
近衛声明や歴代の政府が日中戦争の目的の利益のためではない。
道着や永遠の平和のためと説明するのに対して、斎藤はそれを「聖戦」の考え方であり
空虚な理想論だと喝破する。
そして国際社会の本質はあくまで国家の「生存競争」にあり
「優勝劣敗」「適者生存」「徹頭徹尾力の競争である」と説く。


その「現実を無視して、ただいたずらに聖戦の美名に隠れて、国民的犠牲を閑却し
曰く国債正義、曰く道義外交、曰く共存共栄、曰く世界平和、斯くの如き雲を掴むような
文字を並べ立てて、そうして千載一遇の機会を逸し、国家百年の大計を誤る」ことがあれば
「現在の政治家は死してもその罪を滅ぼす事はできない」
政府はこうした意見に応えて「国民の疑惑を一掃する責任がある」

斎藤がこのように述べたところで、議場は騒然となり、怒号と拍手が空間を覆った。


斎藤は戦争を無条件に賛美する人物ではない。
むしろ「戦争ほど残虐なものはない」と考えていた。
だが国民世論は必ずしも反戦非戦の声ばかりではない。
そこで戦争の是非ではなく、政府が掲げる”空虚な戦争目的”が
国民の多大な犠牲を引き合うのか、と問い質したのである。(完)