背表紙に「世界史特集」とあったので借りて読んでみたら、まさかの去年の号でした(笑)
が、得てして目的だった特集よりも面白い寄稿文ってあるもんでして
思わず膝を打った「なるほど~」だったので、
コラムの一部抜粋ですが、是非とも紹介したく丸々引用させていただいた次第。
では参ります。
民主主義の現状についての考証
>かつては労働組合や町内会など、社会のなかにそうした意思決定に加わる経験を
する場があった。
今がその機会がどんどん減ってきているように思える。
その裏返しで、自分たちで解決するのではなく、より権力や権威があるそうなところに
頼る傾向が強まっていないだろうか。
電車でトラブルがあったら駅員に、近所でなにかあれば警察に通報するように
身近なことなのにまるで他人事のように対処する。
権力や権威にすべての問題解決を委ねる。
「お上頼み」の市民のなかから、強い民主主義が生まれるだろうか。
新型コロナの流行が終熄しつつあった時期に、マスクの着用を
個人の判断に委ねることになったが
「政治は決めてくれないと困る」という反応も少なくなかった。
これも自分で考え、自分で決めることを放棄し、外部に判断を任せてしまうことにつながって
いったのではないだろうか。(以下。略)
喫煙者を排除する圧力
>喫煙者を排除しようとする圧力にも「お上頼み」にツナかるものを感じます。
たばこは有害物質だがら、まわりに煙を吸いたくない人がいたら吸わせてはならない。
たばこに厳しい目が向けられるのは当然だし、徹底した分煙が必要だ。
しかし、今進んでいるのは分煙ではなく喫煙スペースの撤去であり、
たばこの排除であるようだ。
ただ、喫煙の問題でねじれているのは、喫煙者が少数派である一方、たばこ会社には社会への
一定の影響力があり単なる少数派への圧力とは言えないだろう。
公共政策学の観点から、エビデンスに基づけば、健康に有害なたばこは吸わないほうがいい。
しかし、”人間はエビデンスに基づくために生きているわけではない”
エビデンスはあくまでも人間が生きていくさまざまな要件の一つにすぎない。
そこから外れるものをあえて選ぶのも「人間らしい」だろう。
身体に悪いからたばこをやめろ言うのであれば、アルコールもやめたほうがいい。
ほかにもやめたほうがいいことは無数にある。
しかし、アルコール依存症のがたくさんいるのにお酒が禁止されないのは、
結局は政治の力の問題だからだろう。
身体によい、悪いというのは建前で、政治力がある分野は大目に見られ、
政治力がなければ、どんどんなくなっていくだけの話なのかもしれない。
そう考えるのは、政治も政策も所詮は力関係で決まり、理念や理想を語る必要は
ないのではないかという、ある種の諦観に囚われるかもしれない。
だがそういった面があることも踏まえ、私たちがどのような社会を望むのかも
もう少し真剣に考えていくことが民主主義の要件の一つではないか。
「グレー」を活かす社会
>現代の日本は、何であれ白黒をはっきりつけようとする圧力が強くなってきて
しばらく前までは「グレー」であったことも許されなくなってきた。
かつては見過ごされていたさまざまなハラスメントが問題視され、なあなあになっていた
就業規則がきちんと守られるようになっていることはいいことだ。
その影響もあって、社会が喫煙にも厳しくなっているのであろう。
だが、グレーな部分があったから社会がうまく回っていた面もあったのではないか。
白黒をはっきりつけすぎると「敵か、味方か」しかなくなってくる。
そのような社会はあまりに息苦しい。
私にはあらゆる右派の友人も、左派の友人もいるが、考え方や問題意識は違っていながらも
「そんなもんだろう」と思いながら付き合い、何度でも話し合ってきた。
(中略)人にはいろいろな側面があり、切り口によっては誰もが多数派にもなってるし
少数派にもなりえる。
だからといって、例えばジェンダーマイノリティの苦しみが
相対的なものだということは決してない。
まずは自分を見つめ直すこと。
そして、相手に対して想像力を働かせて共同体のなかでともに生きることを考えていく。
これが私たちの社会を維持するために必要な営為だと思う(完)