とある本の一節に書いてあったのですが、この話が面白くてね。
そのとある本、週末には読了するので来週くらいにはブログで取り上げることに
なるんでしょうが、このくだりは浮いてしまうと思ったので、
単発で紹介したいということで、では参ります。
トルストイの短編小説に「人にはどれだけの土地がいるのか」というのがあります。
夜明けからできるだ限り広い土地を歩き回り、日没までに戻ってきたら歩いて回った分の土地を自分のものにしていいと言われた男の話です。
その男はできるだけ大きな土地を手に入れるために頑張って走り続けて
はるか遠くまでたどり着きます。
帰りはもう水も飲まず、なにも食べず、必死になって帰ってきて
「よし、このあたりの土地は全部俺のものだ」と喜びをあらわにしたところで倒れてしまい
そのまま息絶えてしまいます。
結局、その男に必要な土地は、お墓の大きさだけだったと、そういう話です。
自分たちに必要なものは何なのか、自分たちがやりたいことって
結局なんだったのだろうというお話でした。
私感想:簡単に言うと「足るを知れ」ってことなんでしょうし
人それぞれ許容量の差はあるものの、持てる以上のものを得るために身を削ってまで
必死になることはないんじゃないかって。
働き方改革じゃないけどさ、昔から言うじゃない「起きて半畳、寝て1畳」
一生使い切れないカネや財産を得ることに命削ってさ、下手すりゃ無一文になったり
「アンタ、なにしてんの?」って人、時々見かけますよね。
なんなんですかね、なにかに取り憑かれてるんじゃないですかね。
月家賃100万のタワマンだの、資産10億円超って、何不自由しない暮らししていれば
死ぬまでに使い切れないでしょうに。
人よりいい暮らしって、タワマンに住んでフェラーリ乗り回し、港区で遊び回るって?
で、老後はフルサービスのハイエンド介護施設に入るってか…
そのために必要な資産得るために、汚れ仕事もあるだろう、人をだまくらかせてさ。
それって幸せなんですかね?
幸せのカタチは千差万別、人それぞれ違うと思うんだがな、m(_ _)m