岡山市東区乙子『宇喜多直家居城・乙子城趾』③ 本丸到着! | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:智頭急行線、佐用~平福駅間にて

前回からの続き


難易度(攻略度)は高くない。10分あれば本丸まで到達できるかな…


ベンチー!


スズメバチ注意!? ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル


解説板


当時の周辺予想図


乙子城主・宇喜多直家


浦上氏に仕え、砥石城主の宇喜多能家(よしいえ)、隣の高取城・島村氏の急襲により
没落する宇喜多氏、能家(直家からすると祖父)が討ち取られたという説は、
いまでは史実ではないらしく、討ち取られたのは直家の父・興家というのが史実らしい。
宇喜多は再び浦上氏に仕官、直家はここ乙子城を起点にして勢力を伸ばし
主君・浦上氏を凌ぐほどの力を持つと浦上氏を追放、備前一国をほぼ手中にすると
毛利氏に就くも、1家臣のぞんざいな扱いに危機感を感じ、織田に就くことに
この頃になると直家の体調も思わしくなく(大腸がんらしい)
秀吉に子・八郎丸、のちの宇喜多秀家を託すことを決断、関ヶ原の戦い直前までが
宇喜多家のピーク(関ケ原前に家を二分するお家騒動があり、多くの有力家臣が離脱)かと。


この後、砥石城に行きますし、大雄山展望台に宇喜多家一門の墓(石を積んでるだけの
ものもあって誰が誰だか無記名や、文字が朽ちて読めない墓石ばかりだったが)
ここが予想外によかったのよ、景色が、(^-^)