
エピソードのブツ切りじゃなく、こうして時系列で語られると理解も早いし、面白かったです。
なにがって「坂道を転がるように日本が転落していくさまが」と言うと「反日か!」って。
いやいや、勝てもしない戦争に突進していくさまが手に取るようにわかるから。
話は、孝明天皇崩御から終戦直後、近衛文麿が服毒自殺するまでの師筋・
西園寺公望を交えて、政党政治の凋落と台頭してきた軍部との政争・確執?
私、読むまで思い違いしてましたわ、2人。
石原莞爾、関東軍のトップにして日中戦争を泥沼に引きずり込んだ張本人とばかり思ってたの
真逆でしたわ。
それともうひとり、近衛文麿、いいトコ出のお坊ちゃんで実力不足の過大評価
「首相になるまでの人か?」というイメージだったのが、全く違ってた。
プライドが人一倍高く、人に優しすぎる人かと思ったら、最初(開戦前)から
最後(敗色濃厚)まで和平・終戦を考え、行動してた人。
なんなら東條英機首相を誅殺しようと謀ってたことまでの”いい人”イメージに変わりましたね。
今度は逆に日本をダメにした・焦土と化したA級戦犯・第1位
これはブレなかったね、東條英機その人、これはヒドイ。
そして2人目・木戸幸一、この人知りませんでしたし、表立って出てきたことないでしょう。
木戸というからに幕末の木戸孝允の子孫だと思うでしょ、ちょっと違う。
親戚筋ではあるんですが、かなりの遠縁ながら昭和天皇に取り憑き
あることないこと、いや、”ないことないこと”を吹き込み、戦争に引きずり込んだと
言ってもいいくらいの「君側の奸」コイツはひどい、マジで。
3人目は松岡洋右、彼の決断が全部裏目、ということは彼の判断の真逆が正解という
”まったく持っていない男”でしょうし、読んでいくと昭和天皇の判断も
木戸幸一の影響を受けてたとは言え、いかがなものか。
これだと天皇の戦争責任を問われても仕方がないくらい。
私の読了後の感覚だと、昭和恐慌あたりの政治判断のまずさから
二・二六事件の後始末が開戦に傾倒していく決定打になった感じはします。
そのまえに、陸軍の統制派と皇道派の理念思想と構成員の違いを踏まえないと理解がちょっと…
若手幹部が多く、現場で指揮する”現場主義のエリートが皇道派
直接最前線で指揮するからか、中国大陸戦線不拡大路線、対米戦争反対なのが皇道派。
石原莞爾の戦略思想もこっち。
一方、軍最高幹部クラスの年齢も上、前に一度書いたのだが、とにかく戦功が欲しくてたまらない。
日露戦争に勝ったときの戦功を挙げた最高幹部クラスの多くが華族に昇格
それが子々孫々に受け継がれるという、皇族でも旧大名以外の一平民が華族に昇格できる
唯一の方法が、軍内で出世し華々しい戦功を挙げることでなることができる。
まして最前線に立つこともない”事務方に近い身分”なのでヘタ打っても命を落とすこともない。
よって、中国大陸戦線拡大路線だし、対米戦争をしたくてウズウズしてるのが統制派。
まず、ここを踏まえて・・・
二・二六事件を引き起こしたのが、皇道派の青年将校たちだとしていますが
そこに至るまでの伏線がありまして。
度重なる海軍増強への徴税の過酷さで、約6年間で倍に軍事費が伸び
その負担の大半が農民。特に東北地方の困窮さは苛烈で、
負担を巡って地主と小作人の対立も激しく、耕作地を捨てて逃げ出す小作人も続出。
その過酷さに同情し、激昂し行動を移したのが皇道派であり、
殺害された高橋是清は大蔵大臣、徴税のドンですし、斎藤実内大臣はゴリゴリの統制派というように。
事件の第一報を聞いた昭和天皇は激怒、問答無用に皇道派を陸軍から排除
そうなると戦争大好き統制派の天下ですから、今度起きた事案も戦争の材料になるのは必然で。
上海に蒋介石・国民党軍が日本人追放のため襲ってくると相談を受けた石原莞爾
「上海は捨て置け」と言い、中国と事を構えてどの沼に引きずり込まれるくらいなら
在住の邦人は犠牲になるが仕方がないと。
だがどうしても救出したいというのであれば派兵し、国民党軍を蹴散らしたなら
邦人救出した後、ただちに上海撤退し、満州に戻るようにという忠告を守らず
そのまま居座ってしまったがために日中戦争は泥沼に。
その時やっと「全部、石原の言う通りになってしまった」と後悔したが後の祭り
ここが石原の悪いとこが出たのかな、あまりにキレすぎ・頭が良すぎ
回りが全部アホに思えたからか、愛想が尽きて役職をすべて降り身を引きました。
日米開戦のずっと前に。
石原からみれば東條英機もアホの一人という評価でしかなく、その東條
損切りができず、米との交渉決裂し「開戦やむなし」となった経緯。
日中戦争が泥沼化、米が蒋介石に軍事援助してたのは有名な話、
なので日米関係も悪化の一途を辿ってたのだが、有名なハル・ノートが出る前
(ABCD包囲網)、米から「中国大陸から軍を引くならこれまで通り、鉄も石油も売ってやる」
と大幅譲歩の懐柔案が提示され、時の近衛首相はこの案に飛びついた。
「これで米との直接戦争は避けられる」と。
ただ、松岡洋右外相が「欧州に出張中は、私に許可なく重大案件は一存で締結するな」
との約束を忠実に守ってしまった近衛の覚悟のなさと、
「これまでどれだけ中国にカネを注ぎ込み、兵も数万人失い、それで軍を引けだと!?
そんなこと、陸軍(関東軍)に対してなんと申し開きをしろと言うんだ?
みすみす膨大な損を出すなんてできるものか」と東條英機は近衛首相を一蹴
松岡外相が帰国する前に交渉時間切れ、米は譲歩案を取り下げゲームオーバー、
それに心折れたのか近衛内閣総辞職、首相のなり手は東條くらいしかおらず
東條を首相に据えたら、もう結果はミエミエ。
・・・とまあ、ここまでアタマで構築しながら即興で書いてはみましたが
口実で述べるのと、こうして文章にするのとは全く感覚が違ってしまい
”読み物に耐えうる文章”にするのは、とても難しい。(>_<)
最初に想定した文章を比べて、どうだな・・・自己評価は35点だな、/(-_-)\
今日は日米開戦寸前までで止めましたが、次回書く機会、いや、”書く気”になれば
戦争って始める何十倍も終戦するほうが遥かに難しい理由などを書いてみましょうか。
ガザ侵攻を止めないイスラエルと、止め時(停戦)を失いつつあるロシア・ウクライナ戦争と
日米戦争の顛末と類似点、書けたらいいな・・・(-_-;)