岡山市北区下足守 『冠山城跡』(後編)昨日からの続き、大手門跡下は墓地という”有効活用”されてて、ww三の丸跡二の丸跡手入れが行き届いていて、歩きやすいし上りやすい。下草刈りの管理も大変だと思いますよ。テッペン(たぶん本丸跡)に到着、フラットですがさほど広いという感じはないですね。解説板、汚れてるので読みづらいですが、要約すると・・・天正十年、地理的に備中高松城の支城ですね、織田(羽柴)軍2万、宇喜多軍1万に包囲され、城兵3600はことごとく討死、落城しました。その死を悼んでの慰霊碑、わりと大きいです、m(_ _)m