春開催のベッキオバンビーノより、参加のアメ車だけで縛ってみました。
もう「皆勤賞」と言っていい、初代キャデラック(多分50年代製、知らんけど)

この時代のお約束の「テールフィン」も、ここから時代が下がるにつれて大きくなっていきます。
で、突然なくなっていきます。流行りってあるんだね。

シボレー・コルベットの3代目、俗に言う「C3」年式はナンバープレートで。

同じく色違いの「C3」年式はナンバープレートで。

初代フォード・マスタング、(多分60年代製、知らんけど)

ん~、この年代のアメ車が持つ迫力がすごい。

以上4台ですがアメ車以外の共通点、もうおわかりでしょう。
参加者全てが1973年以前に作られた個体ばかり。
なぜ1973年までか? ここがアメリカのピークで、それ以降凋落の一途を辿り
それは国力だけでなく、クルマ文化もそうでそれ以降に販売されるクルマは精彩を欠いていきます。
これも何回も書いてるんですが、アメ車って好みじゃないんです。
デカくて、いや、デカすぎて大味でガサツな感じのところとか。
そしておそらく刷り込みもあって、西部警察見てると悪役はよくアメ車で逃亡していて
必ずといっていいほど逃亡中事故ってひっくり返って炎上、果ては崖から転落するとか。
ですが、所さんのいうとおり、一見してカッコいいのはわかる。いや”わかりやすすぎる”くらい。
コルベット(とくに所さんも所有の「C2」)、ポンティアック(所さん所有
ダッジ・チャージャーにマスタング、バート・レイノルズの映画「トランザム7000」のトランザムとか。
これら全て1973年以前に発売されたものばかり。なぜなのか?それは・・・
1973年に第1次オイルショックが勃発、原油価格が一気に2倍に。
立て続けて1975年に「マスキー法・排ガス規制」が施行(法律自体はオイルショック前に決まってた)
この”ダブルパンチ”により、大排気量の大ガス食いのアメ車は敬遠され
クリーンな排ガス(という表現も変ですが)が売りの「ホンダの初代シビック」が
飛ぶように売れ、アメ車の市場を日本車が席巻、デトロイトを本拠にする「BIG3」は経営危機が如実に。
排ガス規制もね、施行まで5年の猶予があったにも関わらず「こんなもん、できるか!」の
一点張りで、議員へのロビー活動に邁進する中、日本車は着実に開発に邁進していた、
最後にこの差がものをいったことに。
オイルショックにしたって中東が戦争ばかりしてた時期に薄々感じてたはずなのに
BIG3は高をくくってたんだろう。
オイルショック以降、米は車業界だけでなく国が凋落の一途、スタグフレーションが収まらず
「双子の赤字」に悩まされるようになる。「貿易赤字」と「財政赤字」です。
想像ですが、アメリカ凋落のきっかけは、「ベトナム戦争に深入りしすぎたから」だと。
ベトナムの泥沼化→ニクソンショックとベトナム撤退(事実上の敗戦)を経てのオイルショック
ここでアメリカの栄華は終わり、よってアメ車も1973年までがピーク
ということですね、m(_ _)m