マンガを全く読まない私が、逝去した鳥山明さんを語る | 国道179号線沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:岡山市牟佐。大久保ひまわり畑

鳥山明さん(68)が死去 地元の愛知・清須市の20周年PRロゴもデザイン


動画はネタ記事として適当、最初に出てきたのを貼っただけですので、深い意味はありません。
ビックリしたねえ、鳥山明さんが亡くなったという。
マンガを一切読まない私が反応してしまいましたが、私と真逆に弟はオタクでしてね。
ガンダム全シリーズ全ハマリ、ガンプラは作るわ、漫画にハマるきっかけも今から思えば
「アラレちゃん」だったかもしれません。
とにかく大流行りした”アラレ語”「んちゃ!」に始まり、近所の子供も「キーン」って
両腕広げて走ってたんじゃないかな。
弟は登場キャラクターの中でも「がっちゃん」が気に入りだったか、
アラレちゃんが持ってた先端が”ウ●コの指し棒”だったり
がっちゃんのマジックハンドのおもちゃ、家にあったはずです。
ちょうど、カバー画像のような、というかこれそのもののマジックハンドでしたわ。
当然弟はドラゴンボールは熟読してたはずだが、私は全く食指も動かずで。

ただ「ドラクエ」だけは大ハマりして「1st・2ndのドラクエ」は
徹夜でクリアを目指してたくらいのハマリ度、よって私にとって、
”鳥山明さん=ドラクエの全キャラを作った人”なんですね。

ドラクエのスライム誕生秘話 当初の案は「ドロドロ」も…雨粒イメージしドラクエ世界観の原点作る


訃報に際してもう一つ驚いたのが、まだ68歳だったということ。
明石家さんまと同級生じゃないかな、ということは私とは”一回り”前後しか離れてない計算、
若くして売れっ子漫画家になったんだなと。
というのもまだ長者番付なるものが新聞にドバっと出てた時代、鳥山明氏は常連で
それも並みの常連ではない、作家・漫画家部門で常にトップ、当時、作家では赤川次郎さん
マンガ家も藤子不二雄の2人を抑えて1番の所得額でしたから、子供ながらに「スゲー」と
強烈に記憶に残ってました。
逆算して、アラレちゃんがヒットした時は20代も前半じゃないかな。
なにかの表紙で、則巻千兵衛の乗ってるクルマのセンスの良さときたら。
私は最初に見たのが黄色の「シトロエンのバン・タイプH」というやつで。

他にも描かれるクルマがどれもオシャレでポップ、画風が80年代そのもの。
いや、アラレちゃんが80年代そのもの、体現したものじゃなかったか。

これを書くにあたり、記憶を思い返すべくググってみたら、やっぱりポップでオシャレでいい

「人生100年時代」という言い回しが大嫌いでね。
それだとまるで100歳になるまでに死んでしまったら大損みたいな印象が付きまとって
あれは国・政府の陰謀ですわ、
「100歳まで過ごせるだけのカネは用意しとけよ、でなければ何歳であろうが働け」みたいなね。
それが68歳ではね、想像だけど使い切れないほど・腐るほどカネ持ってたはずが
死んでしまってはそこでオシマイ。なんと無常なことか。

そんな鳥山明さんの訃報で大騒ぎしてるその横では・・・

追加記事:「まる子」の声担当・TARAKOさん逝去

こちらは63歳って…(-_-;)
私と一桁歳しか違わないって、急に身につまされるというか、この年になると
こんな若くしての訃報が「もしかして明日は我が身か?」との思いが頭をよぎってしまうことが頻繁に。

やはり今年の目標は「生きる!」でいいでしょう「生きてるだけで丸儲け」は真理かも。m(_ _)m