
最初の東屋があった広場、あそこが”馬場跡”だったかもしれません。
城の中ではまだ低地のあれだけの広さですから、そこに馬を置いてたと考えるのが自然かと。
石のすき間に器用に小石を入れ込んでるなと。

最後の石段か?

ゴールの本丸跡まではもう少しか。

ここがテッペンのようです。

重そうな石碑だこと。

テッペンで平ら、ここが本丸跡で間違いないかと。あとは下るだけ。

次回、下津井城址からの一番かと思う、いい風景に出会います。
昨日の訂正です。
馬場跡→西の丸跡→本丸跡→二の丸跡、からの三の丸跡で”引き返すルート”(ここが肝)
がよさそうです、
これで一筆書きで回れる気がします、知らんけど。m(_ _)m