英雄たちの選択のネ申回「三国同盟」ドイツ大使・大島浩 ② | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:旧片上鉄道、吉ヶ原駅(2018年春撮影)

本題に入る前にまず、三国同盟成立前、当時のドイツ大使・大島浩の説明から
入らないと話が進められない。

昨日と同じ参考ブログ、↓

9/21 BSプレミアム 昭和の選択「破局への条約 三国同盟~松岡外相と影のキーマン大島浩~」英雄たちの選択


当時のドイツ大使・大島浩:東京裁判で終身刑を受けたが、恩赦を受けて仮釈放。

その大島浩の写真を拝借、↓


生前のインタビューテープが残され、その放送された音声で

「結局いろいろな悪口を言うが、ヒトラーが天才であることは確かです。
 天才であることは疑いようのないことでしょうから」

このインタビューの2年後、89歳でこの世を去る。


★偽りの条約『日独伊三国同盟』

>松岡は三国同盟条約締結を選択しましたが、松岡が求めた
”自主参戦権は個人的な手紙に書かれたもの”、だけでした。
個人的な手紙、パーソナルなるものを根拠に、松岡は枢密院に審議を通してしまいます。
そんなことがあっていいのか?
ここで押さえてなければいけないのが、いまと違って条約を締結する権利は
天皇の大権、旧憲法下では。
とすると、チェックする機関は枢密院がしないといけない。
昭和天皇は内心ではドイツと同盟を結ぶと、アメリカはドイツが怖いので
参戦なんぞしないという松岡の説明を信じられないから、この同盟は枢密院で
葬り去って欲しいと。
通らない話は百も承知だから反対の意見も言うんですよ。
8時間もかけて散々意見もしてるんだけど、いざ否決するのかって話になると腰砕け。
(何でだろう?)そりゃ軍部が進めたいということが分かっている。
2.26だの5.15だの後ですから暗殺されてるのを見ただろうし、枢密院顧問官は
本当に偉い人で、天皇のご意見番ですから。
明治の時代だったら「こんなの、やってられない」なんて下野する人たちが
大勢いたはずなのに辞職までしてこれに反対し、
「これを通すなら私は枢密院顧問官を辞めます」と言わなかった。


磯田道史氏がメインで進行してますが、他に真山仁氏も出演していて

>使うだけででゃ判断できない嫌な空気が社会に遭ったとしか思えない。
日中戦争という泥沼が大きい。何かやらないと、お金も命もどんどん失われていく。

『結局、人間って追いつめられると都合のいい方向に解釈してしまう。
そういうことで結ばれてしまった三国同盟は希望的観測に基づいた砂上の楼閣』


>ドイツ側にも、「シュターマー」という人もドイツ本国には無断で私的な手紙と
いう形で自首参戦権を認める。
本国は一切知らないので背信行為と言っていい。
ナチスドイツの支配体制システムの欠陥、意思決定システムの欠陥、
上からの統制が効いていないガバナンスの欠如。
日本側もドイツ側も思惑が、意図がすれ違っている。
同芽ウを結ぶことはできましたけれど、最後まで同床異夢だったのかなと。

当時、外国の情報は伝えられていても、一つ間違っているのは、
”日本は欲しい情報だけを取っている。昔と変わらない。”

本質的なものを見ないで敵味方にしてしまったり、耳に痛いこと、
信じたくない情報を取ることこそが、三国同盟で失敗した最大の教訓。

ドイツと組んではいけない、アメリカと戦争をしてはいけないと、
そんなものは誰でも分かるのだが、誰にも分らなくなる時を経験しているんです。
(当時から)百年も経っていない頃に。

”嫌なことをたくさん聞くことこそが情報を取ることが、今回の教訓になるのではないか”

次回の最終回に続く・・・m(_ _)m