”読みものとして面白い”、いや、面白いというより「どんより」してしまうな、
まともに受け止めたらですが、中国が「共同富裕」をスローガンに、”うまくいく・いかない”は
別にして、日本では格差を是正するための、真逆の『共同下層』が行われるのではないかという話。
>日本郵政グループが、正社員と非正社員の待遇格差を縮めるために「正社員の休暇を減らす」ことを
労働組合に提案した。文筆家の御田寺圭さんは「『みんなで豊かになる』という物語は失われてしまった。
今は『平等に貧しくなる』方が説得力をもつ時代になっている」という――。
日本郵政が「格差を縮めるため」に選んだ方法
>「正社員の待遇を、非正社員並みに下げます」
会社側が見直しを提案したのは、夏期・冬期の有給休暇、年始(1月2~3日)の祝日給、
有給の病気休暇の3点。夏冬の有休は現在、郵便業務につく正社員で夏と冬に3日ずつ、
アソシエイト社員(期間雇用から無期雇用に切り替えられた社員)で1日ずつだが、
期間雇用社員はゼロ。会社提案は、期間雇用社員に夏冬1日ずつ与える一方、
正社員は2日ずつに減らす内容で、正社員にとっては不利益な変更になる。
朝日新聞「『正社員の休暇減らす』日本郵政、待遇格差認定の判決受け提案」(2022年1月6日)より引用
磯野家も野原家も「圧倒的な勝ち組」に見える
>都心もしくは首都圏に一戸建てのマイホームやマイカーを所持し、子どもを複数人育てる――
これらは『サザエさん』や『クレヨンしんちゃん』がはじまった時代には「ふつうの一般家庭の姿」
として受け入れられていた。だが、もはやその「ふつう」は、はるか遠い高みへと消え去ってしまった。
私たちはどんどん貧しくなっていく国に生きている。
>サザエさん』や『クレヨンしんちゃん』で描かれたサラリーマンの暮らし向きは、
もはや現代人にとっては「在りし日の懐かしい風景」ではなく、
ある種の「(心情的に受け入れがたい描写としての)ファンタジー」なのである。
>近頃において「無駄を省く(既得権益者の利権を削る)」といったスタンスの党派が喝采されるのも
「自分はそのような粛清の刃を向けられる側の世界の住人ではないし、これからもずっとそうである」
という感覚を少なくない人が共有しているからだ。
>自分が踏み入れることのない並行世界の人びとだけが「おいしい思い」をしている姿を見るのは、
不公平というか差別的にすら思える。
「正社員/恵まれている人の待遇を削ったら、まわりまわって自分にも損がある」――
というマクロ経済学的な知見に裏付けられた正論には、もはや多くの人がリアリティや
説得力を感じられなくなっている。「
どうせ自分はずっとこのままなのに、どうして同じような仕事をしているあいつらは
(大したことをしていないなのに)給料が高いのか。
それは不当だ。差別だ」という不公平感の方が優勢になる。
「平等に貧しくなろう」が説得力をもつ社会
>世の中で「豊かな人」を見かけても、「羨ましいが、きっと自分にもいつかはその番が巡ってくるだろう」
と肯定的に考えられなくなった。そうではなくて
「豊かな人は、自分たちから富を奪っている収奪者だからこそ豊かなのだ」
という感覚が支配していくようになった。
>日本郵政の経営陣は、この社会が左右だけではなくて上下に分断されている空気を
素直に読み込んだからこそ、
「正社員の《特権》を解体して、フェアな待遇に改定しましょう」と持ち掛けた。
>「みんなで豊かになる」という物語をだれも信じられなくなった。無理もない。
いつか自分が豊かになると信じて待つには「失われた30年」はあまりにも長すぎたからだ。
「みんなで豊かになる」という美しい物語が死んだ。
その代わりにやってきたのが「平等に貧しくなろう」であった。
そもそも前提として、こんな会社に正社員雇用だとしても入りたくないですよね?
日本が東洋に浮かぶ端っこの「場末の・今風に言うと”オワコンの国」「黄昏国」と
諸外国から揶揄されても反論ができない、褒められるところは”他国よりは”治安が良くて行儀がいい。
バブル期の円が強かった時代、東南アジアに住むとすれば「月・5万円」あれば悠々自適で
暮らせると言われたあれから30年、他先進国の平均所得の0.3か月分あれば
治安もよくて物価の安い、移住するには最適な暮らしができる国・日本に
なったのだなと感慨に浸る、そんな平日の夕方に考えたこと。m(_ _)m
