暴漢が襲ってきた→撃った→現時点においては適正な使用だった、といういつものアレの件 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:山陰本線・東浜駅付近

よくあるパターンなので、この手の事件は”ベタ記事”で済ませられるケースが多い。
今回は富山で起こった。


刃物男に警官発砲、死亡 路上で「刺してやろうか」―富山


110番出動要請→現場で暴れてる→命令も聞かず、ましてや刃物で襲ってきた→発砲した→死亡した
→「現時点においては適正な使用だった」と警察発表して幕引き、して”チャンチャン”
これがよくあるベタ記事のパターンだと思います。
ベタ記事である以上、TVでも詳細に伝えられることもほぼなくて、地元民でもなけりゃ
経緯はわからないことが多い。

なので想像で書きますが、↑の記事では見逃せない文言が

>男の母親に通報を頼まれた近隣住民から「男が暴れている」との110番があった、とある。

事件のキモはここかなと思ってね、家族の手に負えないから警察を呼んだ、それも家族に頼まれて、です。
警告も聞かず、包丁を手に近づいてきたから威嚇を撃つまもなく直接撃ったということは、
かなりの至近距離だと思われる。
確保しようとしてたんだろうね、だけど聞き入れられなく襲ってきたから撃った。
で、「急迫性があったので威嚇射撃なく発砲した。現時点においては適正な使用だと思っている」

ん~、やむ得なかったと思うなあ、警察に落ち度はないかと。(-_-;)
まず足・肩と撃てば?撃ったところですぐには倒れない。
余力で近づき、ブスッと刺される可能性、それくらい近かったとも想像できるのと
あの拳銃って銃身が短いでしょ、あれで狙ったところに射撃って結構難しい。
それが至近距離であっても緊急であればあるほど、手元が狂うってこともあるだろう。
だってさ・・・

警察官の中で射撃訓練ではなくて実際に「生身の人間相手に撃つ」経験って、生涯に一回あるかどうかでしょ?
一回も撃つことなく警官を終える人のほうが大多数だと思うんです。
で、そもそも拳銃を構えたところに刃物で襲いに行ったらどうなるか?こうなるんですわ。
それは、”通常時の思考回路”であればフツーに理解できるが、アタマがブッ飛んてる状態では・・・?
冷たいようですが、撃たれてもしょうがないと。

ま、さほど読まれてもないブログなので、真っ正直に書きますが、

『無職30代の息子、暴れたのもこれが最初でもなかろう、度々暴れては持て余してる家族
これが生け捕りだったら、しばらくすれば舞い戻ってくる、するとまた「修羅場の日常」が戻るだけ、なんの問題も解決なんかしない。
が、今回は違う、警官に撃たれて死んだのだ。ここから先は間違いなく平穏な日常が待っている。
「修羅場の日常」と書いた。
それも警察を介入させ、ヘタすると大怪我させられた可能性だってあった。
逆恨みされてもっと暴れる、そうなると今度は、”自分が殺られるか、息子を殺るかの毎日になる可能性だってあった。
だとすると、不謹慎ながら敢えて書きます。
当事者の母親、並びに普段からアホボンの凶暴性を気にしながら生活をしていた近隣住民からすると
”誰も手を汚すことなく厄介払いができて安堵”、全員喜んでるかもしれない、普通に考えたらですよ。

が、それってある意味『優生思想』を含んているのは否定しません。
先日取り上げた、「新潟少女監禁事件・S藤宣行元受刑者」15年も入ってて、一分たりとも反省などしなくて
出所後も犯行時と同様の生活を送っていたとなると、このアホボンもどうだろう・・・
”腐ったミカン理論”じゃないですが世の中すべて「きれい事だけじゃ解決しない」との立場を
取るものであります。

事にあたった警察官に対し「GJ」とは口が裂けても言えないですが、きれい事じゃなく
アホボンが死んで、誰も不幸と感じていない可能性だってある、その違法性とは・・・?
どこかに違法性があったとしても、起訴されなければ違法性は確認できない、それもまた現実の一面かも。
m(_ _)m



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