
池の鳥を一通り撮り終え、もっと寂しくディープな場所へ、

このお寺、住み込みで修行してるYOUさんがとにかく多い。

掃き掃除をしてる場面にたびたび出くわす。
正直、ここは踏み込んでいい場所なのか未確認で行ったので、あまりおおっぴろげに書ける
ものでもないんだが、どうしても見たかったのが、奥にある『池田家墓所』

紅葉の季節なので駐車場は待ちが出てパンパンなくらい観光客がいるのですが
ここにいるのは私だけ、壁まで補修がままならないのか漆喰が朽ちてる。

踏み入れたものの、誰が誰の墓標だかサッパリ、/(-_-)\
戒名が書いてあるでしょ、下の名前の二文字だけでは系譜が頭に入ってるわけもなく、

官位が例えば「従五位〇〇」ってなってて、裏の年号を見たら「明治」だったりで、↓のなんか・・・

藩主だった以降の明治の華族の時代だった頃のが多くて、しかも立派なのよ。(;゚Д゚)!
といいつつ、高い場所にあるのは忘れられた感があるのか、雑草が枯れたまま放置されたりで

それにしても広くて大量のの墓石、奥さんのも別々でペアでとなると、この量かな?

バチバチ撮るのも憚れたんで、全部(全景)までは撮っていませんがそんな中
真新しい墓石に「池田厚子さん」の名前が刻まれたのを見つけた。
まだ存命されてるのにです、昭和天皇の皇女(第四らしい)上皇陛下の姉ですね。
そんな備前岡山藩主だった池田家も、その厚子さんの代で断絶(廃嫡)してしまうのは
なんだか惜しい気もします。
これだけの墓標があるくらい繁栄したのだから、何代か遡って養子に入ってもらって
池田家を継いでもらうような方策も取らなかったというのは、ある意味潔いっちゃ
そうなんだが、これだけの名門家でも断絶するときはしちゃうってことだな。
そんなの、藩主だった名家でも断絶するんだから、私んちのような吹けば飛ぶような家
私の代で終わっちゃうのも無理からぬ事かもしらないな、/(-_-)\
