井上章一 著 『京都まみれ』 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:若桜鉄道、八頭高校前~因幡船岡駅間


前に読んだ「京都ぎらい」もかなり辛口でしたが、今作もご多分に漏れずというか、冒頭から飛ばす飛ばす。(^O^)
ディスるのなんのって、だがそのディスりも段々と板についてきてるように思え、「もっとやれ!」
と期待してる私が・・・(^-^)

洛中京都人の尊大さ、地方創生と称して官公庁の移転事業ですが、これまでただ一つだけ。
それが『文化庁』、その文化庁の京都移転だって「京都を”地方”とは何ごとだ!」\(*`∧´)/
”移転させてやる”が、”地方創生”じゃなくて『地域創生』と称するなら置いてやってもいい。だって (≧ω≦。)

本後半、洛中民(京都至上主義者)の苦悩、しがらみに少しだけ理解を示してる場面も。
洛中民にとって京都大学(京大)へご子息を通わせることを良しとしないとし、
どうしても大学へ行きたいとなれば「同志社大がちょうどいい」のだそうだ。
洛中民にとっての関心事は、ご子息をいかに家業を継がせるか?で、京大だと
「いらぬ知恵をつけて外に出ていってしまう、すると家が滅ぶので行かせない」のだそうで
高校を出たら、家のしきたりや家業のやり方、口うるさい親戚とお得意さんとの付き合いなど、
歴史と家に縛られる一生を送ることになる。
そんな狭い世界にずっと生きてると私の格言の一つ『会社(家)に常識は社会の非常識』
性根がひん曲がるのかね。(^-^) 

巻尾に非常に興味深い指摘が・・・
洛中も昔ながらの町家を残すことは大変な労力だそうで、例えば大阪、町家(商業地・仕事場)から
距離を置き、芦屋などの高級住宅地に別邸を設け、通いを始めるようになり、街の中心部は次々と
高層ビルが建つようになり、町家などは跡形もなくなった。
だが京都(洛中)の町家って、商店と住居とを併設したもので、そこから離れることはなかった。
盆地の暑い最中でも”避暑地へ避難”することもなく生活を続けるのだが、歴史が長い分
しがらみからも逃れなれない、例えば「祇園祭」旦那衆は参加しないわけにはいかない。
他にも年がら年中、行事ごとが一年を通して回ってくる。
京都から離れたくても離れなれないのではないか?だからずっとそこに住んでる。

「京都は首都」と憚らない京都至上主義者たち、仮に維新後も京都が首都のままだったとしたらどうだろう?
とてもじゃないが、町家が並ぶの古都を守ることなどできないはず。
東京のように大企業が我先に高層ビルをバンバン建てる。
歴史は長くとも”零細企業の町家風情”が居場所を確保できるはずもなかろう。
そんな面倒な部分は全部、東京や大阪が引き受けてもらったからこそ、京都が昔のままの京都で
洛中民も昔のまま、その場所に居られたとは思わんか?と締めくくっています。

京都至上主義者たちへ向けて最後にきつ~い一言をお見舞い、読了したときの爽快感、いいですね~、m(_ _)m



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