NHKの大河ドラマ『麒麟がくる』(毎週日曜後8:00総合ほか)。20日に放送される第24回「..........
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昨日からの続き、やはり1日経ってしまうとダメですね、同じテンションで書けるかどうか・・・
信長が将軍を立て上洛したことに、義景は嫉妬・怒り心頭なのだが、誰が格下?の信長が上洛することを
予想できたでしょうか?
信長よりもっとカのある武将はアチコチにいた。
上杉しかり、武田、毛利などは石高で比べてもずっと上ながら、京に近い地の利では信長が有利だったのは
疑いようがない事実。
朝倉義景が上洛しなかったのはしくじりポイントでは半分かな?と。
いくらでも取り返すチャンスがあったからなのだが、ここで最初の試練の選択。
義昭を将軍職に据えて、信長から義景に「上洛するように」との要請。
上洛して将軍・義昭に頭を下げるのは構わんが、その傍らに後見人の信長がいる。
それは即ち、将軍に頭を下げる=信長に平伏す、という、プライドが高い義景には耐え難い屈辱なのだが
1:上洛して臣下の礼を取る。
2:上洛しない、ということは敵対したと見られても仕方がない。
高いプライドが邪魔して、2を選ぶんですな。
これがしくじりの1つめなのだが、合理的に考えれば『頭を下げさえすれば済む話』なんですがね。
「名を捨てて実を取る」選択をすれば、信長から疎まれることもないだろうに
従わない義景を討伐すると言い出した。
だが、ここからが信長にとっても一番追い込まれた時期(1570~73)でして、
金ケ崎では妹婿の浅井長政の裏切りに遭い、這々の体で京へ逃げ帰る始末だったが
ここで仕留められない義景の武運のなさ。
だけどのぶながからすると、周りは敵だらけ。
朝倉に裏切った浅井、朝倉と結んだ比叡山と京に残る三好一派の残党、東から武田が攻めてくるわ、
石山本願寺が挙兵するはで四面楚歌状態、近江で浅井朝倉連合軍と戦をするが
他地域で戦が頻発することで手が回らなくて信長側はどうにも分が悪く、
義昭を通じて天皇から和議・講和を提案され、ここで2つめの選択
1:和睦提案を受け入れず、戦を続行
2:和睦提案を受け入れて停戦
天皇からの勅書にひれ伏したのか、なぜか和議に応じて”しまう”んだな。
これがマズかった。
一時的に停戦したところで、ほとぼりがさめればまた攻めてくるに決まってるのに
そこが脇が甘いんだな、結果、これが致命傷に。
姉川の戦いで敗北を喫すると、あとは坂道を転がり落ちるように・・・
やはりこの義景っていう武将、平時ではカを発揮するが非常事態ではダメダメで
応仁の乱から約100年、戦らしい戦がなかったため『平和ボケ』してたんだな。
なので情勢を読むことにも疎く、危機を危機と感じ取れる能力が欠けてたようで・・・
仮に関が原が終わるまで生き延びることができてたら、いい藩主・名君になれてたかもしれない。
その点でいうと、信長とか秀吉って、世が平定された時代ではダメなような気がします。
秀吉って、羽柴を名乗ってた時代は評価してるのですが、豊臣姓になってからは
暴君そのものでね、特に弟・秀忠がいなくなってからは糸の切れた凧のように愚策や
ムチャばかりで、朝鮮出兵なんてその頂点な気もしますし。
そういう意味では織田信長も本能寺の変で明智光秀に討たれて”結果オーライ”な気がして
仮に明智光秀に討たれてなくとも、第2第3の光秀が現れては首を取りにくると推測しますし。
この頃の信長って増長してるでしょ?
本能寺の変の寸前の時期は、ムチャばかりしよると思われるエピソードがてんこ盛りだし。(・・;)
朝倉義景、武将としてはイマイチどころか”イマニ”でしょうが、世が世なら統治力でいうと
名君だったかもしれない、生きてた時期の巡り合わせが不運な人かなと。
それを言い出すと、伊達政宗だって、あと30年早く生まれてたら天下取れてたのかも・・・
だた、京から遠すぎて地の利の悪さでは天下は取れない可能性も大きいが・・・(・・;)
おっと、長々と書きましたが最後にもう一つだけ。
これもホンの数ヶ月前に聞いたことだが、天下統一というと全国を手中に収めるような印象ですが
室町時代で天下といいますと『京と京の周辺国を平定』すればよくて
「京・山城・丹波・大和・摂津・河内・和泉」を統一した者が天下人。
となれば織田信長よりも前に『三好長慶が最初の天下人』と言えるのだそうです。m(_ _)m
