戦争体験談、聞いたことある?
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それがほとんどないんです。(-_-;)
母方の祖父は、徴兵試験に落っこちて(虚弱だったらしい)戦争に行ってないが
逆に行ってない引け目から狭い否かでは生きづらかったとは、母から聞いたことはあります。
行かしたくもない戦争で、跡取り息子が戦死した家もあるわけですから
周りから白い目で見られても仕方ないところではありますが。
父方の祖父は戦争に行ってます。
物心がつくかつかないかの時期に卒中で右半身麻痺と言葉が喋れなくなったことで
「はい・いいえ」と怒ってることぐらいしか意思疎通ができなくなってしまってて。(-_-;)
あれは何年前だったか、捨てるような”廃タンスの引き出しの中”から、うろ覚えなんですが
『戦員服役の心得え手帳』みたいなものが出てきまして、そんな物があったとは初めて目にした。(;゚Д゚)!
『道雄爺さん』たしか明治43年だったか42年生まれ、そこに書かれてた内容では
結構招集されててビックリで。
その手帳、写真も撮ってて、どこかに保存してたはずなんですけどどこを探しても見つからず。
その手帳自体、この部屋のどこかにあるはずなんだが行方不明でして・・・(/ω\)
見つかり次第、ブログに是非ともUPしたいですが、ここからはうろ覚えで間違えてたらゴメンナサイ。
m(_ _)m
一回目は、日本統治時代の台湾に3年ほどして帰国、まもなくして2回めも徴兵されてて
赴任地は中国北東部、俗にいう満州ですね。
で、昭和14年前後に除隊になってたんですけど、婆さんから聴いた話では第二次大戦中は南方に行ってたというが
その手帳には大戦前に除隊になってからのことは書かれてない。
大戦時は30歳前後、それなら3回目の招集もない話じゃないが・・・(・・;)
道雄爺さんも、喋れなくなったとはいえ「はい・いいえ」くらいは言えたんですが
小学生の興味半分で、戦争に行ったかどうを問うたことはありましたが
決して戦争の話は「はい・いいえ」すら、一切しません(答えません)でした。
触れてはいけない『道雄爺さんにとって戦争体験はサンクチュアリ』だったのかもしれません。
最後に余談、「平和」とはどのような状態をいうのでしょうか?
それは『平定』されてる状態。では「平定されてる状態」とはどのような状態のことか?
それは『秩序ある状態で、争いがないこと』
ではそれはどのようにして保たれるのか?
それは圧倒的な軍事力、カによって制圧してることで、軍でなくとも制圧が可能でるなら
警察や法で秩序が長期間保たれてる、それが平和な状態だと思います。m(_ _)m

