36人が犠牲となった京都アニメーション第1スタジオ(京都市伏見区)の放火殺人事件で、殺人容疑など..........
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コロナですっかり忘れ去られた時に、この逮捕報道で事件を思い出した。
昨日、どちらを書こうか悩んだ末に”チャラ男”を選びましたが、ホントはもう一つ先に書きたかったネタが
あったんですが、それだと旬が過ぎてしまいそうで”仕方なく”こちらを選択しました。
なんでも治療中に死んでしまっても仕方がないくらいに重症だったとか、
運ばれてきた時点で死亡率95%のやけどだったとか、”医師たちの懸命な治療のおかげで”
どうにか事件の全容解明、そして基礎、裁判員裁判にて『順当な判決』で裁かれる手はずで
運ばれるのは”とりあえず”よかった。
事件発生から10ヶ月、ようやく取り調べに耐えうるまでに回復しての、今回の逮捕。
ここでとっても驚いたことが一つありまして・・・
逮捕状を読み上げられるまで、犠牲者が36人にもなってることを知らなかったという報道。
てっきり、どこかで溢れ聞いてたものだとばかり思っての「どうせ死刑だろ」発言だったと
それが違ってたというのが驚き。
36人と聞いてどう思った?
順当な判決でいくと、ほぼ死刑判決が出るのが当たり前というか「それ以外の選択肢がドコにあるんだ?」って
ことだが、ここで一つ、容疑者に聞きたいことがありまして・・・
報道で聞いた動機だと、私怨を最大限に膨らませ、事に及んだ重大な事件だが
目的を果たした代償として、自らも瀕死の重傷を負い、この先の日常生活もままならない
介添をもってしても歩くことさえ出来ない不自由極まりないその体になったとしても達成感はあったのか?
あの時、数分でも怒りを抑え溜飲を下げ、思いとどまることができななら、不自由な体になる
こともなかっただろうに、その点で後悔はしてないのか?
そして「ガソリンで火をつければ大量に殺すことができる」との目的で犯行に及んだ結果
当初の想定以上に犠牲者を出し、”決まりすぎて”大量に死なせてまったことを、その寝たきりの体で考えた
「今の心境は?」
仮に、この先勾留され、判決後も拘置所に留め置かれることになるが、介助もなしには食べることも
ウ●コすら自力できない、健康体の私からすれば『生き地獄』に思えるのだが
ならばいっそ「早く楽に死刑にしてくれい」とまでは思ってないのか?
思ってるのだとしたら、無期懲役刑のほうが苦しむ懲罰ではないのかね?
それは『T間M死刑囚』を死刑判決後半年で『本人の希望通りさっさと』執行してしまったのでは
懲罰になってなかったのではないかと思うことがあります。が・・・
そんなイキって強がってた「T間死刑囚」も、お呼びがかかって死刑台に向かうとき
腰が抜けて両肩を看守に支えられながらでないと歩けなかったと聞きました。
この体になってまで達成したいことだったのか?
想定以上に死なせてしまったことへの後悔と、『死に体』になってしまったことへの後悔
どちらの後悔の念が強いか?
またその両方か?
それとも、どちらでもないのか?
どっちにしても聴取はまだ始まってもなく、その聴取だって長々と続くであろうし
それらをまとめて起訴して公判までに至るのも、1年以上先だからね。
また事件を忘れた頃に「やっと裁判が始まったか」と思うんだろうな。
「やっと逮捕されたか」と思うくらいの、いや、それ以上のスパンで・・・m(_ _)m
