白井聡 著『国体論(菊と星条旗)』 | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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撮影地:若桜鉄道、八頭高校前~因幡船岡駅間


新書で340ページと、やや難解な文章のために、やや読解力が劣る
小生には理解が難しい。
なので返却期限を過ぎてしまったくらい。(・・;)
アクセス数も減って、長文書いたところで大して読まれてもないだろう
から、340P分をギュッと凝縮して、こんな感じってやつを。

「国体護持を認めてくれるなら」と、ポツダム宣言を受け入れ
戦争が終わった。
ここでいう国体とは『≒天皇制』ってことだが、戦争終結から70年を
経て、その国体ってやつがどうも天皇よりさらに上に
『星条旗(アメリカ)』が君臨するようになったのではないかと。
その証拠に、最近台頭してきた親米保守の連中の中には
先だっての「陛下のお言葉」に対し

「天皇は四の五の言わんと、だた祈っとればエエんや」などと
無礼きまわりない言葉を吐く、日本会議系なる反知性の愚かしい
右翼の台頭がその証拠。

巨大な芸軍基地を受け入れている理由も時代ごとに二転三転してきた。
「東西対立からの防衛」から「自由世界の防衛」、共産圏が消失すると
「世界の警察による正義の警察行為」のためといい、その「正義」も
怪しくなると「中国の驚異」だの「暴走北朝鮮の驚異」への抑止力で
あると、これらの二転三転は真の理由ではないことを物語る。
対米従属の現状を合理化しようとするこれらの言説は
真実に決して達しないための駄弁であり、つべこべ言うても結論は
実に単純なことであり、日本は独立国ではなく、そうでありたいという
意思すら持ってなく、かつそのような現状を否認しているという事実
である。

本物の奴隷とは、奴隷である状態をこの上なく素晴らしいものと考え
自らが奴隷であることを否認する奴隷である。
さらにこの奴隷が完璧な奴隷である所以は、どれほど否認しようが
奴隷は奴隷にすぎないという不愉快な事実を思い起こされる自由人を
非難し誹謗中傷する点にある。
本物の奴隷は、自分自身が哀れな存在にとどまり続けるだけでなく
その惨めな境涯を他者に対しても強要するものである。
深刻な事態として指摘せねばならないのは、こうした卑しい
メンタリティが「戦後の国体」の崩壊期と目すべき第二次安倍政権が
長期化する中で、疫病のように広がってきたことである。
以上、奴隷の楽園。m(_ _)m

最後に経済学者の森嶋通夫氏の著作から引用して

国民経済は小さいエンジンを積んだ帆船であると考えている。
自力で動かせることも可能であるが、その場合速力は小さい。
しかし風が吹いている場合には、高速で帆走することができる。
高度成長のときには、朝鮮戦争、ベトナム戦争の風が吹いていた。
それらの風が吹かなくなれば船のスピードはエンジンだけのもの
になってしまう。
したがって、無風状態のときに船を走らせるためには、自分たちで
風を吹かせるか、外部の人に風が吹くようにしてもらうかのいずれか
であり、日本人の中で風を吹かせる役は政治家である。
しかし現在の日本にはそういう役割を果たせる政治家が不在であるし
日本の政治屋連には、風を吹かすのが自分たちの義務だという
意識はまったくない。
高度成長の実現要因を「日本人の勤勉さ、努力」に帰する
主意主義的見解を暗に批判している。
幸運にも外からの追い風が吹いていたことが
それを可能にしたのである、と。
そしてその幸運の正体は、対岸の火事としての戦争であった。

以上、かなりの部分を引用し、340P分をギュッとしてみました。

m(_ _)m