表現の自由の許容量がわからなくなってきたところに・・・ | 国道179号沿線住民とっ散らかりブログ

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楽器もできない音楽好きのおっさんが
中坊並みの文章力で書いてるブログ。
撮影地:若桜鉄道、八頭高校前~因幡船岡駅間

新潮45休刊発表も続く危機…各界から殺到する無責任の声
9月25日に「新潮45」の休刊を発表した新潮社。だがその後も、危機が続いているようだ。

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今回の「新潮45」の休刊騒動、擁護派は表現の自由の侵害だと
まるで『被害者気取り』のフリをしているようだが、
そんなネトウヨたちは、ブサヨを『被害者ビジネス』という。
どっちがどっちだか・・・(^O^) 

あれはもう2,3年前の出来事だったか・・・?
仏のシャルリー・エブド誌が、ムハンマドをディスったせいで
テロの標的になった、あの事件。
「触らぬなんとかに・・・」じゃないが、あんな書き方すりゃ
ネズミだって猫を噛むってもんで、わざわざ自分から進んで
テロの標的に立候補したようなもんで事件後、よせばいいのに
「表現の自由が侵された」とデモまでやる始末。
この事件の前後くらいから
「表現の自由の許容(境目)はどこにあるのか?」って
考えるようになりました。で、今回の休刊騒動です。

そんな時、すごく納得させられた秀逸な文章を見つけました。

「言論の自由」の皮をまとった「営業の自由」(クリックで飛びます)

どうしても紹介したいので丸々引用しますが、抵触しないかが
心配ですが、ダメならダメで受け入れます。

倉持燐太郎氏のブログ文を丸写しです。

>新潮45が休刊で言論空間がどうのこうのって、これ、
 本当に真に言論の自由の話なんでしょうか?
 違うんじゃないか

これ営業の自由の話じゃありませんか?

営業利益最大化するために、言論の持つ人間の尊厳に直結する価値や
公平性や民主主義社会への寄与や他者の尊重etc…
これらをすべて度外視してとにかく特定のマーケットに刺さること
だけ目的に意図的・意識的に自らの視野狭めて便所の落書き
みたいな文章載せまくったんでしょうが。
それで他者傷つけて批難されたら言論の自由だ?言論空間だ?
ふざけないでほしい。
営業の自由最大限行使して工場運営して汚染水垂れ流して
他者を傷つけました、
営業の自由のためだけに料理作ってたら食中毒出しました、
営業の自由だけ重視して薬売ってたら発がん物質が入っていました・・・
こういう場合だったら、即営業停止、廃業でしょう。
「営業の自由が不当に侵された!営業封殺だ!」なんて
誰が言いますか?
真に言論への敬意がないからこそ、こうやって言論の自由と
営業の自由をご都合主義的に使い分けるわけです。
言論の自由を本当に成り立たせていく社会はおそらくとてもとても
一人一人の寛容性や我慢含めて求められるんだと思います。
権力者も含めて。
これ、マスコミがやってますか?雑誌がやってますか?
すべての表現媒体を否定するつもりはありません。
マスコミの中だってフリーの人だってアーティスト個人だって
闘ってる人はたくさんいる。
そういう人の言論だって、このままじゃ社会が窒息死させて
しまうと思います。

憲法12条にある「不断の努力」と高次に呼応しあう、
だからこそ脆くも尊い、そういう権利だと思います、
言論の自由って。インフレ化甚だしい。

言論の自由の安売りとダブルスタンダードについ熱くなって
書いてしまった。

言論の自由をまとった営業の自由、見破ってこ
                     
以上、丸々引用させていただきました。m(_ _)m



言論の自由を営業の自由とすり替えてるって話
私はですよ、すごく腑に落ちた次第です。m(_ _)m